「アウェー」50代おっさん芸人の挑戦スタート マジ演技で激突、忖度なしの迫力あり
これまで見せたことのない顔だった。笑いを取りに行くのではなく、怒りや哀(かな)しみを内に秘めていた。 吉本新喜劇の川畑泰史(56)と、漫才コンビ「矢野・兵動」兵動大樹(53)による「この先10年プロジェクト」の第1歩として、2人が取り組んだ演劇。舞台公演「なれない」が6月14日、ABCホール(大阪市福島区)で幕を開けた。 川畑、兵動の主戦場であるなんばグランド花月(NGK)に比べ、客席は若い人が目立った。演劇ファンとお笑いファンが混在していたのだろう。舞台上の川畑、兵動にとっても新鮮な感覚だったはず。 脚本・演出は、大阪芸大の現役学生でもある川村智基。劇団「餓鬼の断食」を率い、関西演劇祭2023ではベスト演出賞に選ばれた。共演陣もお笑い芸人ではなく、川畑、兵動よりずっと若い世代。 要するに、50代のおっさんコンビにとっては「アウェー」「初めて」「慣れない」ことばかりだった。 ドラマの舞台は、ある養豚場。その経営者が兵動で、川畑はインターンとして働きにきた元ひきこもり。2人はかつて同じバンドで活動していたという設定だ。 見る側としては、想像以上にすんなり芝居の世界に入り込むことができた。その理由のひとつとして、川畑、兵動を含め、出演者全員が大阪弁を使っていたことがある。役柄で川畑、兵動がもし東京弁で話していたら、違和感100%だったに違いない。このあたりは演出サイドの英断だった。 クライマックスでは、川畑と兵動が1対1のマジ演技で激突。怒りにまかせて怒鳴るシーンも。忖度(そんたく)なしで迫力があった。NGKでは見ることができない世界でもあった。 セリフのやりとりを含め、細かいミスはいくつかあったようだ。カーテンコールでは、そんな場面も振り返っていた。それでも客席は満足していたように思う。 このプロジェクトは、NSC(吉本総合芸能学院)の同期生(9期)でもある川畑と兵動の思いから立ち上がった。 「なにかおもろいこと、やってみたいな~」 「10年間続けられたら、ええやろな~」 50代のおっさん2人。今ある立場で落ち着くのではなく、新たなチャレンジを選んだのが何より素晴らしい。この公演では約1カ月、けいこに費やした。同じ舞台といっても、1週間の公演が始まる前日、わずか1日で仕上げてしまう吉本新喜劇とはまるで異質のもの。川畑、兵動は戸惑いながらも、楽しめた1カ月だったはず。 第1歩は順調に滑り出した。ただ、この先10年プロジェクト。まだまだ、先は長い。2034年、「10年前、最初の公演の初日、ABCホールで見ましたよ。お疲れさまでした」と、60代になった川畑、兵動に言ってやりたい。【三宅敏】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)