「井上尚弥が5ラウンド以内にKOする!」元世界ヘビー級王者が占う12・26タパレス戦
12月26日の統一スーパーバンタム級タイトルマッチ、井上尚弥(30)vs.マーロン・タパレス(31)戦まで、残すところ僅かとなった。現WBC/WBOスーパーバンタム級チャンピオンである井上尚弥の戦績は、25戦全勝22KO。世界タイトル4階級を制覇中だ。もし、全ての階級の世界チャンプが同じ条件で拳を合わせたら、誰が最も強いか? を占う<パウンド・フォー・パウンド>論でも、トップ争いを展開している。 【戦慄画像】え、エグい!……フルトンを粉砕した井上の右ストレート その井上がバンタムに続き、スーパーバンタムでも4本のベルトを束ねる日が迫っている。私は今回、米国ペンシルバニア州フィラデルフィアの北側、ベンサレムに住む元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンに予想を訊ねた。 1984年にWBCタイトル、1986年にWBAタイトルを獲得したウィザスプーンは、現在トレーナーとして生活している。打たせないボクシングを身上とし、トップヘビーだったウィザスプーンだが、プロモート契約を結んでいたドン・キングによる度重なる搾取に、闘う事へのモチベーションを失ってしまう。それでも、子どもたちを養育するためにと45歳までリングに上がった。高度なディフェンスとオーバーハンドライトを武器に、その年齢にして世界ランキング9位にまで上った。 13歳の五女と2人暮らしをするウィザスプーンに電話を掛けると、元チャンプは娘に夕食を拵えているところだった。 「マーロン・タパレスは4月に2-1の判定でムロジョン・アフマダリエフを下し、WBA/IBFの122パウンド王座を手に入れたな。その試合の映像を見たが、イノウエと比べると、スピードの差が顕著だ。サウスポー同士の一戦だったが、あのジャブをイノウエが貰うとはとても思えない。フェイントのかけ方やステップイン、そしてハンドスピードもまるで違う。イノウエはタパレスのパンチを見切り、簡単に躱(かわ)すだろう。 仮にイノウエが冷静に相手の出方を見るとしても、タパレスでは動きについてこられないさ。それは、相手がアフマダリエフだとしても同じことだ。タパレスはあまりガードの高い選手じゃない。ふっと顎から拳を下げて相手を見たり、パンチを出すときにガラ空きになる傾向がある。ジャパニーズ・モンスターは、そんな僅かな隙を見逃さない。フルトン戦で右ストレートをぶち込んで、倒れかけている獲物に更に左フックを浴びせて沈めたように、チャンスを逃さないんだ。イノウエはあの爆発的な破壊力で、今回もタパレスを仕留めるだろう。俺は5ラウンド以内にイノウエが4本のベルトを統一すると見るね」 37勝(19KO)3敗のサウスポー、タパレスの長所は何か? と質すと、ウィザスプーンは応じた。 「我慢強さじゃないか。アフマダリエフ戦でも愚直に、下、上とジャブを放って距離を詰め、左ストレートを放ったよな。ただ、イノウエの攻撃のバリエーションと比べたら、実に単調だよ。怖さがまるでない。確かに4冠統一戦なんだろうが、実力差があり過ぎる。タパレスはガードが甘いし、ディフェンスに長けているとは、とても言えない。イノウエにしたら、かなり美味しい相手だろうな。リングで向かい合った瞬間に、『動きがスローな選手だな』って感じるに違いない。 アフマダリエフ戦でのタパレスは、第6ラウンドに力を込めた左ストレートをヒットした。いい攻撃だったが、単発で追撃が見られなかった。チャンスなら行かなきゃ。『コンビネーションを出せよ!』って画面に向かって叫んじまったよ。7回は逆に右のガードが下がって、そこを突かれたよな。イノウエだったら一気に攻めて終わらせていたんじゃないか。ノーガードになったシーンもあったが、モンスターを前にそんな瞬間を作ったら、試合終了だ」 ならば、もし、あなたがタパレスのトレーナーを務めるとしたら、どんなアドバイスを送るか? と私は訊ねた。 「まずは、前後左右に動き回ること。要するにフットワークだ。それと、接近する際にヘッドスリップを多用しろと。そういう動きを続けることで、リズムも生まれる。だとしても、タパレスがイノウエに勝つのはかなり難しいな。 パウンド・フォー・パウンド論の賛否は別として、今やイノウエはその1位か2位とされる選手。タパレスはランキングにさえ、入ったことがないよな。あまりにも違い過ぎるんだよ。7月のスティーブン・フルトン戦も、別次元だっただろう。フルトンと俺は同郷だから、本音を言えば勝ってほしかった。でも、逃げのボクシングしかできなかった。それで何とか8ラウンドまでもったんだ。 もし、タパレスがフルトンのように距離を取ってリングを回るような策に出ても、イノウエは簡単に捕まえるだろう。マジな話、為す術がない状態に陥って倒される運命だろうな」 ウィザスプーンのタパレスに対する評価は非常に低かった。 「イワサ戦も見たぜ」 元世界ヘビー級チャンピオンは、’19年末に催されたIBF暫定スーパーバンタム級王座決定戦、タパレス vs.岩佐亮佑戦も目にしていた。 「あの試合のタパレスのほうが、アフマダリエフとやった時よりも、スピードがあるように俺は感じた。色んなアングルから放ったジャブも効果的だった。いいカウンターも放った。でも、やっぱりガードが低いし、真っ直ぐに下がるシーンも目に付いた。ディフェンス力が欠けているね。両ガードを下げたところにイワサの左を貰って、KO負けだもんな。あんな負け方をしながらも、よくぞ世界戦線に踏み留まれたよ。力のあるマネージャーと組んでいるのか?」 ウィザスプーンほど、ボクシング界の政治力に翻弄された男も珍しい。だからこそ、次の言葉には説得力があった。 「俺もドン・キングには酷い目に遭ったが、プロモーターの匙加減で、世界チャンピオンが生まれる時代になっている。ベルトを持っているから実力者だという訳じゃない。俺に言わせたら、タパレスは無名の選手だ。フルトンだって、特筆すべきファイターではない。今のヘビー級選手たちもそう。俺の時代なら、王座に就くのは厳しいって奴らばかりさ。 でも、イノウエは本物なんだ。彼は強いよ。ボクシング史に名を刻む正真正銘のチャンピオンだ。タパレスとは格が違うさ。122パウンドで、イノウエを脅かせる選手なんて見当たらない。図抜けた男だ」 ウィザスプーンは、バンタムに上げてからの井上尚弥のファイトを一通り目にしている。 「常にKOを狙っていて、攻撃的だよね。ひとつひとつの動きが自信に満ち溢れていて、速い。全ての相手を圧倒してきた自負が伝わってくるよ。敢えて述べるとしたら、今後はオフェンス以上にディフェンスの意識を高くしろってことかな。 スーパーバンタムを制したら、イノウエは更に階級を上げたくなるだろう。つまり、相手がよりデカく、パワフルになるってことさ。上のステージに行くなら、尚更パンチを貰っちゃいけない。一発のパンチが命取りになるのがボクシング。だからこそ、防御の意識をこれまで以上に高めてほしい」 米国内で、井上vs.タパレス戦は、ESPN+が放送する。月曜日の早朝にあたる。 「娘の学校がクリスマス休暇に入っているから、じっくりTV観戦するよ」 ウィザスプーンは電話口で、そう結ぶと笑った。 26日、井上尚弥は、またタイトル・コレクションを増やすであろう。ボクシングの本場から、どのように評価されるファイトとなるか。 取材・文:林壮一 1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。
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