『虎に翼』吉田恵里香が突きつける“個”と“家” 名もなき民衆の物語を想像する大切さ
『虎に翼』に傷痍軍人が描かれている理由
寅子がお昼ゴハンを食べている広場には、傷痍軍人がいてハーモニカを吹いて小銭を稼いでいる。こんなふうに国民が地べたに座って小銭をもらうしかないような状況をまず考える必要がある。その一歩が、名字の選択の自由であったり、家に従属を規定されないことであったりするのではないか。そんなことを考えさせるためには傷痍軍人のように、時々出てくる名もなき民衆の姿が一助になる。 傷痍軍人を演じたのは、ハーモニカ奏者の正井佳瑞麻。もしかしたらこの傷痍軍人は音楽の道に進みたかったが戦争で道を閉ざされたのかもしれない。寅子に日本国憲法の記事の載った新聞を期せずして手渡すことになった焼き鳥屋台を営む女性を演じたのは在日三世の俳優であった。もしかしたらあの店主は異邦人として苦労しているのかもしれない。いまも忘れられないのは、寅子の女学校時代、寅子が女子部に進学することを家族が認めているのか心配した教師(伊勢佳世)である。校内で寅子をそっと見つめていた場面(第5話)があった。彼女のことはその後も語られることはないが、きっと女性であることで悩み苦しんだことがあるのではないかと思わせる場面であった。 日常に確かに存在し、でもその人たちの物語は語られることがない。そんな人たちを画面にそっと刻みつける試みは評価したい。なかなか上等すぎる描写なので、もうすこし多くの人が彼らの情報を知り得る、あるいは物語を想像できるやり方を考えてもいいのではないかとも思う。寅子が口語体で民法を綴ることを提案したように。 また、第10週で印象的だったのは、花岡。寅子と久しぶりに会った彼は、闇商売を取り締まる案件を担当していた。そのため闇物資を食べないようにしていて、栄養不足なようで覇気がない。寅子はちょうどもらったチョコレートを半分、花岡に渡す。花岡は結婚して子供もいて、寅子も子を持つ母。でも、優三と行っていた、美味しいものを分け合って一緒に食べることのように、再会した花岡と美味しいものを分かち合おうとすることに、寅子の捨てきれない花岡への思いを見出すことも可能ではないか。これが、のちの花岡に起きる悲劇への衝撃をさらに大きくする仕掛けのみならず、一筋縄ではいかない男女の機微という、物語や登場人物の色気であるとすれば、ドラマが一層豊かに膨らんでくる。
木俣冬