望海風斗1stアルバム「本当に深いところに寄り添えるような楽曲を選んでお届けしたいなと思った」
宝塚歌劇団の在団中は屈指の歌唱力で知られ、2021年に退団して以降も『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『イザボー』で主演を務めるなど、ミュージカルを中心に活躍してきた望海風斗が1stアルバム『笑顔の場所』をリリース。カバー7曲とオリジナル2曲から成る本作のジャケット写真は、優しげなタイトルとは裏腹に、強気な目線とファイティングポーズが印象的で、リアルを見据えた上で前に進もうという想いと、時には私がみんなの代わりに戦うという彼女の覚悟が表れている。人生でつまずいた瞬間に、このアルバムを聞くことで自身の深奥へと行き切って、最後にまた笑ってもらいたい――そんな誠実な想いから生まれた作品について語ってもらった。 【写真を見る】ファイティングポーズの望海風斗 ■思い入れのある曲をたくさん選ばせていただきました ――アルバム『笑顔の場所』は、とにかく“生きる”ということに焦点が当てられてリスナーに寄り添った作品ですが、制作にあたり一番の軸になったものは何だったんでしょう? 一番大きかったのは、アンジェラ・アキさんにつくっていただいた「Breath」(2024年3月配信)ですね。当時、忙しない世の中で追われるように生きていく日々に充実感はありながらも、自分自身をほったらかしにしたまま、ひたすら前に向かって走っているような感覚があったんです。それって私だけじゃなく、皆さん同じなんじゃないだろうか?という想いをキッカケに生まれた「Breath」に、ファンの方々から「生きる力が湧いてきました」という声をいただけて、すごくうれしかったんですね。なのでアルバムをリリースするとなったときに、単に“頑張れ”と訴えるようなパワーソングではなく、本当に深いところに寄り添えるような楽曲を選んでお届けしたいなと思ったんです。 ――だから収録曲には、不都合な現実も見据えた上で再び立ち上がろうとするような歌詞のものが多いんですね。 今までドン底に落ちるような役を演じることが多くて、落ちるところまで落ち切ると後はもう上がるしかないということを体感しているせいか、普段は見せないように閉めているフタがパッと開けられるような曲は多いですね。例えば玉置浩二さんの「田園」も、歌っていることは実はすごくリアルで、私自身コロナ禍に玉置さんが歌っているのを聞いたときに、生きるパワーをもらえたんです。「始まりのバラード」(アンジェラ・アキ)と「月光」(鬼束ちひろ)は退団後はじめてのコンサートでも歌っていて、本当に出口がわからない状態のときに救ってくれた曲。他にも、40歳を超えてから歳を重ねていくことが素敵なことに思えた「人生の扉」(竹内まりや)だったり、思い入れのある曲をたくさん選ばせていただきました。 ■新たな世界に飛び出してみて感じるのが、やっぱり人と人が出会うことの喜びなんです ――オリジナル曲としては「Breath」のほか、今回新たにGRe4N BOYZさんが「ミチシルベ」を書き下ろしてくださっていますが、“この手のひら 握ったままじゃ何も掴めないまま”という歌詞にはハッとしました。 そうなんです! 最後はシンプルな自分に立ち返れる曲にしたかった「Breath」とは逆に、自分がギアを上げて頑張らなきゃいけないときのファイトソングにしていきたい……という想いをGRe4N BOYZさんにお伝えしたら、そんな歌詞が返ってきて。私自身コロナ禍を経験し、退団して新たな世界に飛び出してみて感じるのが、やっぱり人と人が出会うことの喜びなんですね。直接人と会うことの温もりや肌で感じるものって絶対にあって、舞台だってお客様、仲間のキャスト、スタッフさんがいないと成立しない。アルバムで最後にレコーディングした「翳りゆく部屋」(荒井由実)でも、アルバム制作でお力をお借りしたたくさんの人たちの温かさみたいなものに遠くから囲まれて、真ん中でポツンと1人歌っているような感覚があったんです。そういった人との出会いや、これから出会う人たちに対するワクワク感みたいなものも「ミチシルベ」には込めてもらいました。 ――人とのつながりというのは、このアルバムの大きなテーマのように感じますし、出会った人々への感謝はアルバム終盤の「誕生」(中島みゆき)でも壮大に綴られていますよね。 「誕生」はファンの方から「歌ってほしい」という要望をいただいていた曲で、すごく壮大で奥深いところに響く曲だなと思っていたんです。そもそも「誕生」という言葉は本当にシンプルで、何気なく「お誕生日おめでとう」なんて言ったりもするけれど、それって生まれてきたことに対する歓迎の言葉でもあるじゃないですか。この世に生まれてきたことの素晴らしさを教えてくれている曲なので、アルバムの実質最後に来るのは必然ですし、そこから改めてピアノバージョンの「Breath」で深呼吸して、アルバムを聞き終えてもらえたらとてもうれしいです。 ■またいろんな曲に出会って、もっと自分の歌の幅を広げていきたいです ――聞いていると、想いの深さが引き起こす声の揺らぎみたいなものを感じる箇所もいくつかありました。声に出して歌うということに対しても相当深く考えられたんじゃありません? いろいろ試しはしました。ただ、歌えば歌うほどストーリーをどんどん深めてしまうというか、ミュージカルのようになってしまいがちで、結果的に聞き手が疲れてしまうんですね。でも、一回深めないと私は歌えないので、自分の感じていることや曲に対する想いを一回出し切ってから、少しずつエモーションを小さくして耳元でちゃんと届く、けれどストーリーが見える曲にしていきました。 ――それはミュージカル女優である望海さんならではの視点ですね。その一方で、今後はご自分で歌詞を書いてみたいという気持ちもあったりします? いえ、私はちょっと無理ですね(笑)。 私がミュージカルで歌っている理由って、他人の書いた台詞や歌詞に、自分自身の経験や持っているものをいかに入れ込めるのか? そこから知らない自分の扉をどれだけ開けるか?ということに挑みたいからなんです。だから、自分の言葉で何かを表現すると、それ以上の広がりがないように感じて私自身がときめかない。きっと他人がつくったものから自分が何を感じるのか? どれだけ発見できるか?っていう、いわば“探検”が好きなんでしょうね。なので、今回は自分の想いからオリジナル曲をつくっていただくという過程でも「このお話からこういうふうに広がるんだ!」という感覚を初めて知れたんです。自分の感じていることを聞き手が共感できる言葉に変えてくださるアーティストの皆さんへのリスペクトの気持ちがさらに強くなりましたし、歌うにあたっても完成形を誰も知らない状態からスタートして、いろんなセクションの方々のお力も借りながら、どんどん立体的になっていくのがすごく楽しかったですね。 ――となると、今のお仕事は天職ですね。舞台女優として演じることで、シンガーとしての幅もきっと広がっていくでしょうし、いい相乗効果がありそうです。 別々のことをしているというよりも、自分のやりたいことにうまくつながって、お互い協力し合って前に進んでいる感覚はあります。またいろんな曲に出会って、もっと自分の歌の幅を広げていきたいですし、アルバムの曲も人の前で歌うと変わってくるでしょうから、その変化も楽しみたいですね。 (取材・文/清水素子)