「53号の村上宗隆だけじゃない」マジック再点灯狙うヤクルトが広島戦の逆転勝利で見せた”強さ”の理由
ヤクルトが9日、神宮球場で行われた広島戦に7-6で逆転勝ちを収めた。村上宗隆(22)が2回に野村克也氏、落合博満氏の持つ記録を抜く53号ソロで先制。逆転を許すも5回に塩見泰隆(29)の14号2ランで追いつき、6回に長岡秀樹(20)の8号2ランで勝ち越した。派手な勝ち方に見えるが、守備の好プレーと好走塁が随所に見られ、ヤクルトの強さを象徴するようなゲームになった。自力Vの可能性を残す横浜DeNAが阪神に勝利したためマジック再点灯はならなかったが、今日10日の広島戦に勝ち横浜DeNAが阪神に負けるか引き分け、あるいはヤクルトが引き分けで横浜DeNAが負けるとマジック「12」が再点灯することになる。
村上宗隆が野村克也氏、落合博満氏の記録を抜く先制の53号ソロ
マジック再点灯のかかった重要なゲームは“村神”の驚異的な53号アーチから始まった。2回、先頭打者の村上は、広島の大瀬良が外角低めへ投じたスライダー。いわゆるバックドアが、やや真ん中寄りに入ると、それをしっかりと呼びこんでフルスイング、ライナー性の打球がセンターバックスクリーンに飛び込んだ。スロー映像で見るとバットの先。外角低めのボールに対しても、バットのヘッドが下がらず、コンパクトにコンタクトできるから打球が飛ぶ。52本の年間最多本塁打記録を持つ野村克也氏、落合博満氏の数字を抜く53号。もちろん、史上最年少記録。 報道によると、村上は試合後に広報を通じて「本日、打ちました。53号本塁打のボールは、野村克也さんに差し上げたいと思います」とコメントした。 村上は、4年前のルーキーイヤーのキャンプで、生前の野村氏に「とりあえずオレの記録を破れ」との言葉をかけられていた。 だが、決して村上1人におんぶにだっこではないのが、マジック再点灯前夜のヤクルトの強みだ。 先発の小澤が3回に投手の大瀬良にライト前に同点タイムリーを落とされ、4回に勝ち越しを許したが、その裏、オスナのフェンス直撃の二塁打で1点を返し、5回に塩見がインコース寄りのスライダーを詰まりながらも左中間スタンドに強引に運ぶ14号2ランで追いついた。 「今日は打つんだという気持ちを強く持って打席に入りました。ちょっと詰まったんですけど、風に乗って、いい感じで伸びてくれて本当によかったです」 8月14日の横浜DeNA戦以来の一発。8月は打率1割台と低迷した塩見は、復調気配で、この日は、第1打席にセンター前ヒット、6回にも貴重なタイムリー二塁打を放つなど、8回の最終打席で、三塁打が出れば2年連続のサイクル安打達成の快挙だったが「(記録は)まったく(頭に)ありませんでした」という。 「今日は、9月9日ということで、僕の背番号9番で僕の日だと思っていました。“持っている選手“だったらサイクルができていたと思うんですけど、村上じゃなくて僕だったので、できなかったです」 試合後、お立ち台に呼ばれた塩見は、“村神”を引き合いに出してヤクルトファンの笑いを誘っていた。 試合を決めたのはベンチ入りの中でチーム最年少の8番打者、長岡だった。6回二死一塁。ファウルでバットが折れて交換した直後だった。インコースの難しいカットボールを引っ張り、ファウルになってもおかしくない打球をインサイドアウトにバットを使うことで、ライトスタンドのポール際までライナーで持っていった。 「前の打者のミンゴ(サンタナ)がゲッツー崩れで、全力疾走してくれたので、僕も後ろになんとかつなぐ意識だけで打席に入りました」 一死一塁で、前の打者のサンタナは、ショートゴロに倒れたが一塁まで必死に走りゲッツーを阻止していた。 実は、この試合の真の勝因は、随所に見られた好走塁と好守備だった。これがマジック再点灯に迫るヤクルト躍進の理由だと言ってもいい。