アメリカの「鶴の一声」で、日本製鉄が窮地…! 「約2兆100億円を投じる」巨大プロジェクトのご破算が濃厚に
約2兆100億円を投じる
日本製鉄は、総額で141億2600万ドル(約2兆100億円)の巨費を投じる計算だ。この額は、2006年に、「インド版の今太閤」と称された創業者経営者ラクシュミ・ミタル氏が率いた当時世界最大の鉄鋼会社ミッタルが、同2位でフランスとルクセンブルグに本社を置いていたアルセロールを買収した際の買収額269億ユーロ(当時の為替レートで、約3兆9300億円)に次ぐ規模だ。世界の鉄鋼業界のM&A(企業の合併・買収)の歴史においても2番目に大きい買収となる。 USスチール経営陣にとっては「渡りに船」で、この気前の良い提案に応じ、買収契約を締結した。というのは、USスチールは日本製鉄の買収契約に応じる4ヶ月ほど前の2023年8月に、同業の米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスからの総額約70億ドル(約1兆円)の買収提案を拒否し、もっと高く身売りできる道がないか模索すると株主に公約していたからだ。 USスチールの株主にとっても、日本製鉄の破格の買収提案は歓迎すべきものだった。このため、買収契約の締結発表から4カ月弱を経た今年(2024年)4月12日の臨時株主総会で、計画を承認した。これを受けて、日本製鉄とUSスチールはM&Aを今年9月までに買収手続きの完了を目指すと表明した。 最新(2022年)の世界鉄鋼協会のデータによると、1位の宝武鉄鋼集団、3位の鞍鋼集団など中国勢が鉄鋼会社のトップ10のうち6社を占める。非中国勢は、2位にルクセンブルグのアルセロール・ミッタル、4位に日本製鉄、7位に韓国のポスコ、10位にインドのタタがかろうじて顔を出しているに過ぎない。USスチールに至っては、世界27位、米国勢の中でも3位と低迷している。 つまり、最近のランキングには、日本製鉄の前身である新日本製鉄に1973年に「世界一の座」を明け渡すまで、戦前から長年にわたってトップに君臨したUSスチールの過去の栄光の面影はみられない。 半面、日本製鉄も、宝武鉄鋼集団と鞍鋼集団の後塵を拝しているようでは、鄧小平氏がけん引した1970年代の改革開放運動に協力して、中国の近代製鉄業の育成に貢献した実績が霞んで見える。 こうした中で、日本製鉄はUSスチールの買収に成功すれば、3位の鞍鋼集団を抜き、世界3位の地位に上昇する。 米中間の経済のデカップリング(分断)が進む一方で、西側の鉄鋼会社はここ5年あまり、過剰生産能力を持つ中国勢の安値攻勢に苦しみ続けてきた。それゆえ、日本製鉄は、米国と同盟関係にある日本企業の日本製鉄によるUSスチール買収が米国の経済安全保障に役立つと歓迎されると楽観していたのだろう。実際、日本製鉄の橋本英二社長は12月19日の記者会見で、中国を念頭に「世界の潮流は新しい経済安全保障」と胸を張っていた。 しかし、日本製鉄のUSスチール買収はすんなりとはいかなかった。USスチールの従業員らが加盟するUSWが大きく立ちはだかったのだ。 USWはデービッド・マッコール会長名で今年3月1日に、米国議会上院に電子メールを送り、議会上院が日本製鉄のUSスチール買収に反対するよう求めた。その理由として、日本製鉄によるUSスチール買収が「雇用を脅かし、米国の防衛と経済的繁栄の安全保障をいくつかの点で危うくする」と主張した。それだけでなく、むしろ、こちらが本音と見るべきだろうが、労働協定や年金、福利厚生プランを巡る既得権が脅かされることへの懸念を挙げていた。 こうした要求もあり、米議会は反対の狼煙をあげた。 そして、この事態を決定的に深刻なものにしたのは、バイデン大統領がUSWへの肩入れ姿勢をエスカレートさせてきたことだ。バイデン氏は昨年12月21日に公表した声明で、まず、「USスチールは、国家安全保障に不可欠な国内鉄鋼生産の中核を担っている」との考えを表明、USWの要求に応じて、前述のCFIUSに買収の是非を精査させる方針を示した。
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