丹波哲郎が女優達にかけていた催眠術の真相。共演する女性に愛されるワケ
---------- 『日本沈没』『砂の器』『八甲田山』『人間革命』など大作映画に主役級として次々出演し、出演者リストの最後に名前が登場する「留めのスター」と言われた、大俳優・丹波哲郎。 そんな丹波が、「霊界の宣伝マン」を自称し、中年期以降、霊界研究に入れ込み、ついに『大霊界』という映画を制作するほど「死後の世界」に没頭した。なぜそれほど霊界と死後の世界に夢中になったのか。 数々の名作ノンフィクションを発表してきた筆者が、5年以上に及ぶ取材をかけてその秘密に挑む。丹波哲郎が抱えた、誰にも言えない「闇」とはなんだったのか――『丹波哲郎 見事な生涯』より連載形式で一部をご紹介。 前編記事<沖縄での瞬間最高視聴率が95%! 5000人のファンがホテルに! 国民的俳優の伝説的パニック現場の真相> ---------- 沖縄での瞬間最高視聴率が95%! 国民的俳優の伝説的パニック現場の真相
催眠術の真相
『キイハンター』の撮影中から、丹波はほとんどセリフを覚えてこなくなった。ときどき前回や前々回の台本を持って現れる。 「ボス! これ、先月撮ったやつの台本ですよ!」 谷は驚いて叫んだ。最初に「ボス」と呼んだのは千葉だが、その呼び名がいつのまにか全員に浸透していた。 丹波は現場に遅刻してやって来ては、谷に、「おい、きょうは誰が犯人だ? おおよそどういうストーリーなんだ?」と訊く。 「きょうはこの人が犯人で、これとこれとが共犯で……」 「おお、そうか、そうか」 「ボスはいいなあ、セリフ覚えてこなくてもいいんだから」 谷が羨ましがると、丹波は怒りもせず、「谷、おまえなぁ」と笑っていた。 休憩時間になると、空手の手刀(てがたな)での板割りや催眠術で周囲をなごませる。沖縄ロケでは、松岡きっこと大川栄子が催眠術の実験台になった。 「ほぉ~ら、おまえたちは、これから鳥になるんだ」 抑揚をつけた独特の口調で、丹波がふたりに暗示をかける。 「ほぉ~ら、目の前にいい男が出てきたぞぉ。おまえたちは鳥になって、そのいい男のほうに飛んでいくんだ」 すると、谷の目の前で、松岡と大川が両手を鳥の羽のように広げ、ぱたぱたとはばたく格好をしはじめるではないか。 あとで谷が松岡に、「あれって、本当に鳥になったような気がしたの?」と尋ねたら、「なってるわけないじゃないの」と一笑に付された。 「じゃあ、なんでさ?」 「だって、催眠術がきかなかったら、丹波さんの顔がつぶれちゃうじゃないの。かわいそうでしょ。あんなすてきな人に言われたら、かかったふりするしかないわよ。丹波さんがそう言うなら、鳥になって空を飛んでもいいかなぁっていう感じよね」 レギュラー陣最年少で20歳の大川は、まもなく丹波の膝の上が“指定席”となった。セットに入ると、向こうにすわっている丹波が、ニコニコしながら両手で膝のあたりを軽く叩き、「栄子、ここにおいで」 と目配せする。促されるがままにちょこんと腰掛けると、それだけで丹波はご満悦だった。いやらしさも下心もまったく感じられない。中学1年生のとき父親と死別した大川には、丹波が芸能界での父とも後見人とも思えた。 『キイハンター』のレギュラー陣は擬似家族のようだった。千葉が運動神経抜群の“兄”で、そばには頼れる“姉”の野際がおり、ひとつ年上のやんちゃな“次兄”の谷が続き、総元締めの“家長”には丹波がでんと構えている。 野際は、よく気がまわる“母親”の役回りも兼ねた。“アフレコ”のとき、なかなかセリフの出だしがつかめない丹波を、うしろから指で突いて合図を送るのは、彼女にしかできなかった。フランス留学の経験があり、英語も堪能な野際は、成城大学の学生だった大川の家庭教師もつとめた。