仲代達矢の金言を胸に 無名塾の島田仁が仲代も演じた大役に抜てき 「プレッシャーとの闘いは覚悟しています」
俳優・仲代達矢(91)が主宰する無名塾が、21日から東京・六本木の俳優座劇場でイプセンの「幽霊」(林清人演出、24日まで)を上演する。大役の一つ、オスワルト役に27歳の島田仁(しまだ・じん)が抜てきされた。 ギリシャ悲劇とも比較されてきたイプセンの名作「幽霊」は、タブーにも踏み込んだ家庭劇。一人息子で芸術家のオスワルト役は、仲代も劇団俳優座に入団してまもなく演じている。俳優座創立メンバーの千田是也さん、東山千栄子さんら演劇史に残る名優と共演し、「新劇」新人演技賞を受賞。名実ともにスター俳優になっていく仲代が最初に注目され、評価された役でもある。 島田は「もちろん、仲代さんがなさった役であることは、舞台写真も残っているので知っていました。この役をできると聞き、すごくうれしかった。お世話になった先輩にも報告しました。初日を迎えても千秋楽まで、プレッシャーとの闘いであることは覚悟しています」と話す。制作関係者の話では島田の発声が、若いときの仲代の声質と似ているという。 稽古では、脚本の本読みを仲代にも見てもらった。才能豊かなオスワルトは、人一倍繊細な感性の持ち主だが、苦悩し、追い詰められ、精神に支障をきたしていく。「苦しんでいるけれど、その胸中を吐露することによって(オスワルトの)気持ちは解放されていく」というような説明を受けた。「仲代さんは一から十まで教えるというより、私たちに背中で見せてこられた方です」 今回の言葉は、演じる上での大きな手掛かりとなっている。戯曲は約140年前に発表されたもの。「どれだけ時代が変わろうと普遍性がある。演じていても古さを感じません」とも話す。 異色の経歴だ。香川高専を卒業。新潟の国立長岡技術科学大への編入が決まっていたにもかかわらず、無名塾に飛び込んだ。全く演技の経験もない状態でだ。 「それまで自分の将来を真剣に考えることなく生きていたことに気づいたのです。ずっとNHK大河ドラマを見て育ったことも影響しているのかもしれません」。演者への憧れは、自分で表現したい思いへと変ぼうしていく。入塾受験のため、上京時に泊まったのは、渋谷のカプセルホテルだった。「このときが、生まれて初めての東京でした」 もし、あのまま大学に行っていれば…。「いまごろエンジニアか何かになって普通の暮らしを送っていたでしょう。でもいまの自分に後悔はありません。ささやかでも役者として生きていきたい気持ちに変わりはありません」 「仲代達矢」は、島田にとってそびえ立つ巨人のような存在だ。そんな仰ぎ見る人が、なりふり構わず稽古に打ち込む姿も目の当たりにしてきた。ひとつの役を全うすることが、どれほど難しく壮絶なものであるかを知った。 そして今回上演されるのは、来年4月に閉館する俳優座劇場。何という巡りあわせだろう。20代前半だった仲代がオスワルトを演じたのが、他でもなくこの劇場だった。「歴史を紡いでこられた先人たちの演劇への思いが詰まった特別な場所。先輩方に対して恥ずかしくないよう、死に物狂いで役と向き合いたいと思います」(内野 小百美)
報知新聞社