くじら汁(9月13日)
お通しは、お店の売りにもなる。夏の終わりに会津若松市の単身赴任者がそう実感したのは、くじら汁。弾力のある脂身、皮のコリコリとした食感がいい。2軒目でも登場した。店主に聞けば、夏バテ防止の郷土食。残暑厳しい折、優しい味が疲れた胃に染みる▼塩漬けにした皮付きの脂身を短冊状にして煮る。ジャガイモ、タマネギなどの野菜を合わせ、みそで仕上げる。健康に良いとされる脂肪酸やタンパク質、ビタミンを多く取れるスタミナ料理だ。内陸特有の蒸し暑さを乗り切る先人の知恵がありがたい▼会津の中でも、特に阿賀川流域に伝統が残るという。江戸時代に盛んだった北前船によって塩くじらが北海道から新潟に運ばれ、水運で会津にもたらされた。大海原を泳ぐクジラが山々に抱かれた盆地にたどり着き、人々の胃袋に納まる。風土に育まれた食文化の妙と言っていい▼くじら汁は食卓や給食の定番だった。商業捕鯨の禁止で縁遠くなりつつあったが、近年の捕獲再開で再び身近になってきた。国際的にさまざまな議論はあるが、日本ではかねて、生活になじんでいた。食文化の来し方行く末が巡る椀[わん]は、山海の滋味も溶けているから味わい深い。<2024・9・13>