脚本家・吉田恵里香が『虎に翼』に込めた願い 憲法第14条は「私たちにとってもすごく大事」
「“知るきっかけができること”が大事」
――吉田さんご自身はLGBTQとどのように向き合って、物語で表現されたのでしょうか? 吉田:まず当事者の方は教材や教える側ではないので、エンターテインメントである作品を通して、“知るきっかけができること”が大事なのかなと思っていました。私も描く上でやり方を間違えて当事者の方を傷つけてしまったときには「申し訳ないな」という気持ちになりますが、きっと「怒られるからやらない」「だからエンターテインメントには使わない」で終わっちゃう人が多いんですよね。でも、私は演者さんやスタッフさんに矛先が向くのは嫌だけれど、自分自身は何を言われようとどうでもよくて。この問題を先延ばしにせずに、私が元気なうちは勉強をしたり、エンタメで描くことを当たり前にしていきたいと思っています。 ――本作には在日コリアンやトランスジェンダーの女性役に当事者の俳優が起用されていますが、吉田さんご自身の希望も反映されているんですか? 吉田:私自身、できるだけ当事者の方に演じてもらえたら素敵だなと思っていますが、今回に関してはスタッフの方々が主にやってくださったので素晴らしいなと。連続ドラマだとスケジュールが合わないことも多いので、とても嬉しくオンエアを観ていました。“当事者が当事者を演じること”は絶対にやったほうがいいと思うんですが、たとえば「当事者の役者さんがシスヘテロの役をやっちゃいけないのか」といった問題が生まれてしまう可能性もあって。法整備や社会構想が整っていない中でそう決めつけてしまうのは、逆にオープンにしたい人、したくない人の差が生まれてしまうのかな、という気持ちもあります。一面だけでは語れないというか、社会の構造や理解度によるものが大きいので、ひとつの問題を話すと全部につながってきちゃうなと思いますね。 ――一方で、終盤に描かれる原爆裁判と、それにつながる戦争中の描写についてはどのような思いを込めたのでしょうか? 吉田:三淵さんが原爆裁判を担当されたことは彼女の半生を調べたときからわかっていて、自分の中に「扱い切れるのか」という不安がありました。でも、今回の座組をすごく信頼していたので、このメンバーだったらガッツリやりたいなと。もともと戦中ではなく戦後をメインに描きたくて、その一つの大きな山として原爆裁判を扱いたいと思っていたんです。ただ、“分量”や“真正面から扱うこと”については、書き始めてから覚悟が決まりました。法律考証の先生方、演出の方、私自身ももちろんすごく調べましたけど、本当に知らないことだらけでしたし、思うことがたくさんある題材だったので、やってよかったなと思っています。 ――戦後をメインに描きたかったとはいえ、広島、長崎に原爆が落ちた事実を新聞で知るような描写もありませんでした。そこには、どんな意図があったのでしょうか。 吉田:第8週では寅子自身が社会から心を閉ざして家庭に入ったことで、あまり新聞を見なくなるというか、“家族のためだけに動く”という設定にしたかったんです。寅子が知らないことは本編でもあまり見せないようにしようと思っていたので、そこの意図が大きいですね。裁判官編が始まると、どうしても寅子が知らないこと、見ていないことを情報として視聴者に伝えなければいけなかったので、“語りで見せる”という方法を取りましたが、第9週の河原で憲法を見るところまでは寅子に寄り添うことを意識していました。 ――女子部のメンバーが長く描かれているのも作品の魅力ですが、女性の社会進出を描くにあたって、意識されたことがあれば教えてください。 吉田:今作では“人権”や“自分の人生を自分で決める”ということをテーマにしていて、それは寅子だけでは描き切れないので、最初から女子部のみんなを最後まで出演させようと決めていました。役者さんやスタッフみなさんの力もあって、メンバーがすごく愛される存在になったことが嬉しいです。描き方に関して言うと、どうしても自分自身が働いているので、“働いている側”に立ってしまって視野が狭くなるのが嫌で。バリバリ働きたい人、程よく働きたい人、家庭に入ってみんなを支えたり、家のことを守る人。みんなが「ここで自分を発揮する」と心から望んだところに行けることが一番だと思っていたので、そのためにはどうしたらいいのか、と。結果として、専業主婦の花江(森田望智)であったり、様々な女性たちを描かなければフェアじゃないと思ったので、そこの配分はすごく気をつけました。寅子も間違えるし、みんなにダメなところがある。「あまり美化しない」というのは、すべてのキャラクターにおいて意識しました。 ――きっと、視聴者それぞれに感情移入できるキャラクターがいますよね。 吉田:そうなってくれたら嬉しいですし、「そのキャラクターがすごく嫌い」ということがあってもいいなと思っています。誰かに寄り添うことで、見えなかったところまで視野が広がったりもするので、そういう体験を作れたらいいなと思いながら書きました。 ――視聴者の中には「人々が抱える悩みや問題は、当時と今であまり変わっていないんだ」といった気付きもあったと思います。SNSの反響についてはどう感じていますか? 吉田:自分ばかり発信して申し訳ないんですが、あまりSNSは見ないんです。作品の好みについては私が口出しすることではないし、その人が決めればいいと思っていて。ただ、“悩んでいた人が確実にいて、今も悩んでいる人が確実にいる”ということへの問題提起になればいいな、何かにつながればいいなと思っていたので、(このドラマを)やる意味はあったのかなと思っています。 ――素敵な作品をありがとうございました。吉田さんは「願いを口に出す派」だそうですが、最後に次なる目標を聞かせてください。 吉田:また朝ドラをやること、ですかね。制作統括の尾崎(裕和)さんに、早いうちにオファーをもらうことが目標です(笑)。
石井達也