地政学リスクが高まると、投資マネーが「米国」に集まるこれだけの理由【投資のプロが解説】
ロシア・ウクライナ問題に加えてイスラエル・パレスチナ問題が再び顕在化し地政学リスクが高まるなか、金融市場への影響が懸念されます。こうしたなか、世界の投資マネーは「米国」に集まっていると、アライアンス・バーンスタイン株式会社シニア・インベストメント・ストラテジストの穂谷栄一郎氏はいいます。いったいなぜこのような動きが生まれるのでしょうか、みていきます。 【画像】「30年間、毎月1ドルずつ」積み立て投資をすると…
地政学リスク高まるなか、市場への影響は「少ない」?
――イスラエル・パレスチナ問題は歴史的な経緯もあり、沈静化まで長引きそうな様相です。地政学リスクの高まりにより、金融市場、特に株式市場は大幅に下落するのでしょうか。 穂谷「いいえ。結論を申し上げれば、地政学リスクが金融市場を崩壊させた歴史はありません。米国のS&P500株価指数と経済政策不確実指数の推移を比べたチャートをご覧ください[図表1]」 穂谷「たしかに地政学リスクを示す経済政策不確実指数が高まるタイミングでは、一時的に株価指数がやや下落していますが、影響は軽微です。 株式市場が大きく下落、ないし長く低迷するときは、むしろ、ITバブル崩壊や世界金融危機、新型コロナウイルス、金利急上昇といった経済的な要因が強く影響しています」 ――今回のイスラエル・パレスチナ問題も、金融市場に与える悪影響は少ないといえるのでしょうか? 穂谷「グローバルな規模でマクロ経済に与える影響は少ないものの、ミクロで見ればところどころに影響がみられます。たとえば、イスラエルや中東諸国に生産設備を有する個別企業は、生産活動の停止や撤退といった影響が生じそうです。サプライチェーンや生産供給網について投資先企業の精査が必要です」
世界の投資マネーは「米国」に集まる
――いまのような状況で、世界の投資マネーはどこに向かうのでしょうか? 穂谷「米国が優位となると予想されます。有事にドルが選好される過去の様子とは異なりますが、消去法的に米国資産が選択されるのではないでしょうか。 米国は、世界の株式市場の国別比率の6割ほどを占めますが、中国は不動産で債務を抱え、ロシアや中東は紛争により地政学リスクを高めているため、世界の投資マネーはこうした地域や国の投資比率を引き下げようとする傾向にあります。 さらに、先進国内でも、英国や欧州の景気悪化は米国より深刻です」 ――たしかに、比較的に安心できる投資先は米国や日本、インドくらいではないでしょうか。しかし、そうであれば、世界の情勢が落ち着くまでは、株式投資を避けようと考えるかもしれません。 穂谷「そうですね。しかし、インフレが顕在化しているいま、現金をそのまま置いておくのは資産価値が毀損するため、おすすめできません。たしかに、米国の株式に投資するうえで消費や雇用の減速は気になるでしょうが、半面、米国内での投資は大幅に増えているのです」 成長を牽引する「無形資産」と「設備投資」 穂谷「特に成長を牽引するのはソフトウェアや知的財産といった無形資産です。米国の設備投資について、項目別にその動きを指数化したグラフを見るとよくわかります[図表2、左]。 さらに注目していただきたいのが、米国内での生産拡充を目的とした機械、装置等の設備投資です。米国ではサプライチェーンのグローバルな拡大で長らく低迷を続けてきましたが、ここにきて国内回帰を強めています。 これは地政学リスクの高まりはもとより、中国との技術覇権の争いや経済安全保障の強化によるもので、まさに地産地消が進んでいます。 米国では製造拠点の拡充が進み、インフラ関連の公共投資も活発化し、近年では、過去最高の水準です[図表2、右]。世界が混沌とするなか、米国は着々と国内投資を進めています」 国家戦略となっている「半導体の確保」 ――なるほど、多くの製造業が国内に回帰している模様ですね。とりわけ半導体の確保は国家戦略となっていますね。 穂谷「はい、そのとおりです。米国は中国に対抗するため、友好国との生産供給網の構築、いわゆるフレンドショアリングを進めています。グローバルサプライチェーンは米国や欧州を中心に見直しが図られています。日本を含めた関係各国では、産業政策として半導体へ国家予算を割いており、強固なサプライチェーンが築かれようとしています」 ――地政学リスクの高まりが、むしろ米国への投資の呼び水になっている構図です。 穂谷「はい、米国株と世界株のパフォーマンスを比較すると米国の堅調さが際立っているのがわかります[図表3]。今後も引き続き、こうした傾向は変わらないかもしれません」 ――ありがとうございました。今回のお話からは、地政学リスクが金融市場を崩壊させた歴史はないという前提に立ち、むしろ現在のような地政学リスクの高まりは米国の経済安全保障を進め、国内投資を活発化させる可能性があるということ。 加えて、関係各国の半導体に関わる産業政策は米国にとって追い風となり、米国への投資魅力が増していきそうだということがわかりました。 <<<【AB’s Market Tips】#8 やっぱりアメリカ?地政学からみた投資先とは>>> 穂谷 栄一郎 アライアンス・バーンスタイン株式会社 運用戦略部/責任投資推進室 シニア・インベストメント・ストラテジスト
穂谷 栄一郎