劇場アニメ「ルックバック」…宝石のような青春物語、原作は「チェンソーマン」の藤本タツキ
上映時間58分の小さな宝石。藤本タツキによる同名の傑作漫画を劇場アニメ化した「ルックバック」(押山清高監督)が公開されている。主人公は、漫画を描く少女2人。なぜ、彼女たちは懸命に描くのか。その青春物語は、光を明滅させながら輝く。精緻なカッティングを施された貴石のように。(編集委員 恩田泰子)
原作は、漫画「チェンソーマン」などで知られる藤本が2021年に発表した読み切り漫画。識者などによるランキング書籍「このマンガがすごい!2022」オトコ編の1位になった作品でもある。
脚本・キャラクターデザインも手がけた押山監督は、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」「借りぐらしのアリエッティ」「風立ちぬ」に原画などで参加。「アニメオタクなら知らない人がいないバケモノアニメーター」というのは、本作についての藤本のコメントからの言葉だ。
主人公は、自分の才能に絶対の自信を持つ藤野(声・河合優実)と引きこもりの京本(同・吉田美月喜)の2人。まるで正反対の彼女たちは、漫画、そしてそれを描くことへのひたむきな思いによって結びついていく。藤野は、キャラクターと物語を動かすことにたけている。バックの背景を描く京本には卓越した画力がある。2人はいいコンビになる。だが――。
初めてこの物語に触れる人は、これ以上のあらすじは頭に入れないほうがいいだろう。
アニメは、原作に忠実。藤本作品の描線の味わいをも尊重しながら、絵を動かし、色を加え、時間を操って、コマとコマの間にあるものを豊かに描き出していく。
2人が生きる地方の町は、特別な場所ではない。いいことがあったからといって、空が晴れ渡ったり、バラ色になったりもしない。心が浮きたつような出来事の背景では雨が降る、雪が積もっている。それは、まるで世界の縮図だ。いかんともしがたい、変えられない現実があって、時に凶暴に襲いかかってくる。
では、人は、人がつくり出す物語は、無力なのだろうか。「何の役にも立たない」のだろうか。漫画「ルックバック」は、そんな問いに向き合う作品であり、この劇場アニメも思い切り共振して力強い波を起こす。