ボカロ文化は“一過性の流行で終わらない” kemuが『プロセカ』4周年アニバーサリーソングに込めた想い
2024年9月30日にスマホ向けリズム&アドベンチャー『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(以下、プロセカ)が、4周年を迎えた。 【写真】4周年アニバーサリーソング「熱風」MVの場面写真&絵コンテ 毎年恒例の周年記念楽曲で賑わいを見せる『プロセカ』だが、今年の4周年アニバーサリーソング「熱風」は、2020年7月にDECO*27とのタッグで書き下ろしたテーマソング「セカイ」の提供以来、『プロセカ』と縁のあるボカロP・kemuが、作詞・作曲を手掛けたことでも話題だ。 エネルギッシュなバンドサウンドとは対称的な音色の静けさに隠れる感情の真意を、kemuに訊いた。現在に至るまで、kemuは、『プロセカ』に何を想い、4周年アニバーサリーソングにどのような願いを託したのか。 ――DECO*27さんとの書き下ろしテーマソング「セカイ」の制作が始まる前に、kemuさんは『プロセカ』についてどのような印象を持っていたのでしょうか? kemu:まず、デコさん(DECO*27)のチームから「セカイ」の楽曲制作のお話をいただいたんです。新しい音楽ゲームに、こんなキャラクターが登場して、初音ミクたちバーチャル・シンガーもストーリーに加わって、一緒にボカロ曲でコラボレーションしていくという構想を聞いた時は、「水と油を合わせることみたいで、うまくいくんだろうか?」と、率直に思いました。 僕にとってボカロ文化は、聖域のような存在なんです。迂闊に踏み込んではいけない、恐れ多いものというか。だからこそ、ゲームの中にボカロが組み込まれる上に、オリジナルストーリーまであるとなったら、ボカロを深く愛しているユーザーの方々の中には、僕と同じように少なからず抵抗を感じる人もいるだろうと。そういう感覚がずっとありました。 本当に意味のある融合をしないと、受け入れてもらえないでしょうし、「ただ有名な初音ミクの名前を使えばいい」という安易なやり方では、ユーザーはすぐに気づいてしまう。自分も、すぐに気づいてしまうだろうと。 もちろん、信頼できるメーカーさんからのオファーで、「ちゃんと考えて作ってくれるだろう」という安心感もあったので、「嫌だな」とか「うまくいくかな」といった心配よりも、違う文化を掛け合わせて面白くしようと挑む姿勢に「すごく高い山に登ろうとしているな」という印象が強かったですね。 ――その懸念は、制作を進める中で変わっていった? kemu:そうですね。初めてシナリオなどを読ませていただいた時に、「これは、大丈夫だ」と思った瞬間があったんです。懸念は、ある意味杞憂だったんだなと。 新しい世界として成立するように作られていることがわかりましたし、その後、リリースされてから、実際にプレイしている人たちを見たり、自分でもプレイしてみたり、公式で公開されているストーリー映像を観たりするうちに、「これは新しい場所として素晴らしい方向に向かってるな」と、段階的に納得していったというか。『プロセカ』だから、という理由で愛されて、ひとつの場所として育っているんだなと実感しましたね。 ――各ゲーム要素が独自の存在感を持ちつつ、どの要素も本来の良さを損なっていないところが『プロセカ』の魅力でもあると思います。 kemu:いろんな要素を組み合わせる時、それぞれの要素がしっかりと調和していないと、どうしても中途半端な印象になってしまいます。『プロセカ』は、そういった難しさを乗り越え、丁寧にミクスチャーを高次元で実現し、面白いと思える作品になっていると感じました。 ――そういった『プロセカ』の様々な要素を融合させる試みは、ご自身の楽曲制作と重なったところもあったのでは? kemu:そうかもしれません。何もないところからメロディを生み出して周りを驚かせたり、ギター1本と歌だけで、誰も聴いたことのない感動的な音楽を生み出す才能のある人たちがいる中で、僕はどちらかというと、器用貧乏と言われるタイプでした。 当時、僕が作ったKEMU VOXX(kemuをコンポーザーとする、2012年に結成された4人組クリエイターユニット)の曲は、自分が好きだったゲーム音楽の影響を受けていました。RPG、スーパーファミコンや初代PlayStation~PlayStation 2時代っぽい打ち込み音源をよく使っていて。人間が演奏することを前提としない、機械が生み出す無機質さと高揚感。そして、自分が好きな生身のバンドサウンドのロック。この3つを組み合わせたらどうなるんだろう?と思って、ただ組み合わせるのではなく、自分の中に落とし込んで、理解と愛情と自分なりの誇りを持って混ぜ合わせた。そうすることで、自分らしい作品が作れることに気づけたのが、当時の僕のボカロ曲でした。 どうしたら自分らしさが表現できて、自分が創作する理由を自分で納得できるか、20代前半はそのテーマとずっと向き合っていたので、『プロセカ』が、そういった融合を大規模なプロジェクトとして実現しようとしているのを見て、「応援したい」気持ちがずっとありました。 ――『プロセカ』は今、ボカロシーンの重要な一翼を担っていると思いますが、その点について、どう感じていますか? kemu:ボカロ文化への影響は、大きく分けて2つあると思っています。1つは、既存曲が新しい場所で、新しい感覚で再注目されていること。僕の作った曲も、『プロセカ』で知ってくれた人がたくさんいると聞きますし。 リバイバルの現象はボカロ文化でもいずれやってくると思っていたんですけど、想像していた以上に早かった。ボカロの歴史は20年にも至っていない。1つの音楽の歴史としては、すごく短い期間じゃないですか。そんな短い期間で、昔の楽曲に再びスポットライトが当たる循環が生まれているのは、スピード感のある文化だからこそだなと改めて思いました。 もう1つは、新しいクリエイターたちに夢を与えていること。彼らが「この曲を『プロセカ』で使ってもらいたい」という目標を持って楽曲制作に取り組める場所が生まれたことは、すごく大きな意味があると思っています。 自分も最近、若手の育成をしていて、新世代のボカロPと話す機会が多いんですね。その中で、「『プロセカ』に楽曲提供したい」という夢を持っている人が多いことを実感していて。基本的に創作は情熱がないと続かないし、生まれない。その矛先の一つとして『プロセカ』があることで、頑張れる人が増えているんだと思います。『プロセカ』が情熱の向かう先を示してくれたことは、この文化にとってすごくありがたいなと思いますし、重要な意味を持っていると、今もずっと感じています。 ――リバイバルのスピード感は、トレンドの変化が早いボカロシーンの特徴とも関係しているのかなとも思いました。 kemu:そうですね。関係していると思います。循環のスピードがあることは、メリットでもあり、リスクでもあると思います。勢いがあるということは、それだけ衰えたり、傾いたりするのも早いということ。でも、僕がボカロ文化の将来について、あまり不安を感じていないのは、ボカロは圧倒的にかっこいいですし、ずっと昔から素晴らしい音楽を生み出し続けてきた文化だからです。何より、ボカロを愛している人が、作り手側にも、ユーザー側にもたくさんいる。 この愛情がある限り、ボカロは一過性の流行で終わることはないと思っています。実際に活動している若い世代のクリエイターと話していても、そう感じます。スピード感がありながらも揺るがない、ボカロ文化の強みは、そこにあると思います。 ――kemuさんの2つ目のポイント、『プロセカ』が「情熱を注ぐ矛先」であることが、今回の「熱風」というタイトルのキーになっているのかなと思いましたが、どうでしょうか。 kemu:たしかにそうですね。制作依頼をいただいた時、4周年にふさわしいモチーフは何か、すごく考えました。4年間でキャラクターたちが歩んできた道のりや、ゲームに関わることで生まれたドラマを想像しました。クリエイターやユーザー、スタッフさんなど、現実世界の人たちのストーリーもたくさんあるだろうなと。 ゲームの中だけでなく、外にもいろんな熱意があって、それが一つの方向に収束することもあれば、また別々の方向に向かっていくこともある。昔から未来に向かって吹いている風かもしれないし、今の自分から未来の誰かに向かって吹く風かもしれない。あるいは、昔誰かが吹かせた風を、今自分が受け取るのかもしれない。風がいっぱい生まれる場所になっているんだろうなと、この4年間で感じて、「熱」と「風」をキーワードにこの曲を書こうと思いましたね。 ――制作するうえで、ゲームチームからテーマの指定はあったのでしょうか? kemu:プロジェクトが4年目に入ることで、完全に新しい空気というよりも、それぞれが夢に向かって積み重ねてきた中で見えてきたものがたくさんある。「ただ頑張ろう」という漠然とした気持ちだけでなく、「夢が現実になるかもしれない」という希望や、その過程で生まれる喜びや苦しみ。そういったリアルな空気感を持った楽曲にしてほしいというオファーをいただいたのを覚えています。 ――「熱風」はどのように作られていったのでしょうか? kemu:YouTubeの公式チャンネルにアップされているストーリー動画を、改めてすべて見直しました。すごい量だったんですけど、1週間くらい、隙あらば動画を流し続ける生活をしていましたね(笑)。映像を観ながら、「このモチーフ、素敵だな」と思う印象的なシーンをメモして、そこからメロディや歌詞のアイデアが浮かんだら、それも書き留めていきました。先に2Bの歌詞ができたりもして。 ――作曲と作詞は、どちらが先だったのでしょうか? kemu:最初はメロディですね。1コーラス分のメロディを作って、方向性を示すものを早めに提出しました。その後、断片的にフルサイズ全体の構成や歌詞を考えていって。4周年記念ということもあり、プレッシャーは大きかったです。今までの作家さんたちも、みんな知っている人たちですし、このコンテンツはたくさんの愛情で支えられていることも知っていたので。「これでいいだろうか?」という不安は常にありました。 ――たしかに、3年かけて作り上げられたアニバーサリーソングのイメージがある中での制作は、ゼロから作るよりも難しさがあるように感じます。 kemu:僕は音楽を作ることに、ずっと自信がないんです。自信はないけれど、誇りはある。その気持ちがないと、僕は曲を作れない感覚があって。自分が担当するからには、誇りを持って作らなければいけない。そんな矛盾の中で、ずっと音楽を作っています。今回は、特にそういう葛藤がありました。 プライドを持って曲を作った後はいつも、「もう二度と曲を作りたくない」「二度と歌詞を書きたくない」と思いますね(笑)。今でもそうです。でも、しばらくすると「また書きたい」と思ってしまう。それを延々と繰り返している感じです。「本当にこの葛藤は必要なんだろうか」って思うこともあります。「もっと簡単に作ったらいいのに」って。でも、手を抜くとすぐにバレてしまう。まず、自分にバレてしまうのがすごく嫌で、怖いんです。非効率なのは分かっているんですけど、この葛藤がないと、自分が音楽をやっている意味を見失ってしまう気がして。 今は、みんなが物凄くいいものを生み出す能力を持っているなと思います。良いものを作るのは、もはや当たり前になってしまった。そんな中で、“意味のあるものを作る”には、苦しみの過程が自分には必要になる瞬間があって。でも、それを乗り越えて作品を完成させた時は、すごく喜びを感じます。だから、決してネガティブな意味で葛藤しているわけではなくて。やりたいから、やっているというか。 ――“意味のあるものを作る”という点において、これまでのアニバーサリーソングと比べて、今回特に意識したことはありますか? kemu:なぜ自分がその作品を聴いたり観たりして、いいなと感じたり、感動したのか。その理由を細かく分解して掘り下げ、自分なりに再構築する作り方をしました。これまでのアニバーサリーソングを通した時に、「心を持った生き物たちのドラマや情熱、想い」を、その人なりの言葉で真っ直ぐに表現することこそが、重要なモチーフだと気づいたんです。過去のアニバーサリーソングのスタイルは踏襲しつつも、言葉やビート、メロディは、一度すべて白紙に戻して「自分ならどんなアニバーサリーソングを作るか」と考えました。そうして生まれたのが、今回の楽曲です。これまでの『プロセカ』らしさと、今の自分の表現したいことをどう融合させるか。そのミクスチャーを強く意識しました。 ――お話を伺うほどに、「熱風」の2DMVで描かれている風のゆらめきや、バーチャル・シンガーがキャラクターの背中をそっと押すシーンなど、形のないものを丁寧に表現している描写に、kemuさんの想いがぎゅっと込められていることが伝わってきました。 kemu:「情熱が混ざり合うような楽曲です」というメッセージは伝えました。その後、映像チームやゲームチームの方々が歌詞を読み込んで、「この一節からは、このキャラクターのこんなエピソードが思い浮かびます。こういうシーンで表現したいです」といったメモ書きを、歌詞のテキストに書き込んでくださったんです。むしろそこが自分としてはすごく好きな部分で、それも一つのミクスチャーなんですよね。自分一人で完結せずに、制作に関わる人のイマジネーションが混ざり合うことで、新しい面白いものが生まれる可能性が広がるというか。ボカロをやっていた頃から、映像についても細かく要望することは少ないです。 ――初音ミクがシアターのような場所でこれまでの出来事を振り返る中盤のシーンも感動的でした。kemuさんは、どのようなシーンが心に残っていますか? kemu:僕もまさにそのシーンからが、とくに好きですね。初音ミクがシアターのような場所で、これまでの出来事を振り返りながら、一人ひとりの思い出が映し出されていく。そして、バーチャル・シンガーが、未来へと進んでいくみんなの背中を押す。──まさに、僕が曲を作りながら見ていた風景そのものだったので、それを『プロセカ』らしく映像化してくれたことが、すごく嬉しかったです。 自分は美しいものを作るのが好きなんですけど、その美しさを成り立たせるには、美しくないものも必要だと思っていて。光を作るなら、その分だけ影も作らないと、光がそこにあることを証明できない気がするんです。なので、喜びを描くなら、隣には必ず悲しみを置くのを、自分の中のルールにしています。あのシーンはまさにそうで、懐かしさや温かさと、どこか切なさもある空気感の中でいろんなシーンを見つめる初音ミクが描かれていて、すごく美しいなと感じました。 ――では、最後にkemuさんとして、今後、『プロセカ』と、どのように関わっていきたいか、また今後の『プロセカ』の発展に期待することがあれば教えてください。 kemu:これからも腕を磨いていって、また呼んでいただける時には、それにふさわしい音楽を作れる人間でいたいと思っています。どちらかというと、僕自身は、新しいものを作ることよりも、新しい場所や流れの中に自分の音楽活動で培ってきたDNAを残していくことに興味があります。4年ほど前から、若い世代のクリエイターたちに注目していて、彼らがのびのびと音楽活動ができる文化やシーンを、どうしたら作れるのかを考えてきました。今はもう、僕が何かをしなくても、クリエイターたちが夢を持って活動できる場所があるので、何かしなければいけない、とは特に思っていません。 クリエイターの話に限らず、もう一度何かを始めてみよう、続けてみようという気持ちが人から生まれるには、熱の流れが絶対に必要だと思います。人間は、熱がなければ何もしたくなくなる生き物なので。その情熱を向ける矛先として、『プロセカ』があり続けてくれたら嬉しいですし、少しでもお手伝いできることがあれば、協力したいと思っています。 それから、クリエイターとして共感できる部分も多いストーリーもすごく好きで、キャラクターたちが迷いながらも喜びや嬉しさに出会っていくところは見ていて心が温まりますし。多くの人にエネルギーを与えてくれる物語だと思うので、これからもいっぱい迷いながらも、進んでいってほしい。それが、多くの人に情熱を与えることにつながると思うので。 ■堀江晶太(kemu) 作詞作編曲家、演奏家。 ボーカロイドクリエイター「kemu」として2011年から楽曲制作活動を行う。 また、5人組バンド「PENGUIN RESEARCH」のベーシスト、プロデューサーとして2016年のメジャーデビューから活動中。 アニメシーン、インターネットシーンを中心に作詞作編曲家、演奏家、プロデューサーとして多くのアーティスト、作品に携わる。
小町碧音
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