ビジネスコンペ300戦無敗! いじめられっ子だった私が「選ばれる人」になった理由
井下田:初めての営業同行は今もよく覚えています。当時の私は40歳くらいで、1つ年下の営業と2人でお客様を訪問しました。会社が肝入りで開発したソフトはもうコケていましたから、まだプロトタイプ(試作品)段階のソフトを持参して、それでデモンストレーションをやりました。簡単に言えばデータのフォーマットを変換するためのソフトだったんですが、このとき、お客さんが、自社のデータについて、『これを圧縮できない?』と質問してきたんです。データの圧縮なんて、今は簡単にできますが、当時はなかなか難しかったのですね。質問された私は、そこでハッタリをかましました。 西沢:ハッタリ? いったいどんな? 井下田:「はい、もちろんできます!』って即答しました。本当は、その時点ではできなかったのですが、そこで即答しないと、選んでもらえないと思ったんです。 西沢:イチかバチかのハッタリ。 井下田:もちろん、私はエンジニアですから、「この程度の機能はすぐに開発できるな」と思いましたし、ウチのような小さな会社なら、大企業と違って、社内決済も何もすっとばして、すぐに開発に着手できるなと……そういう、2つの勝算はありました。ですから、ハッタリというよりは、その場しのぎでしょうか。事実、会社に戻って速攻で圧縮機能を開発して、翌日にはお客様に報告し、受注につながりました。これは、今にして思うと、今回の本の中に書いた4つの戦略の中の「帳尻合わせ戦略」ですね。 西沢:自分がエンジニアであり、会社がベンチャーで小回りが利いたという利点を生かしての勝利だったんですね。素晴らしいです。私も、編集者さんから「◯月◯月までに入稿できますか?」と聞かれたときは「楽勝です!」ってハッタリをかましています。もちろん宣言の通り締め切りはちゃんと守りますけど。 【井下田久幸プロフィール】 ドルフィア株式会社代表取締役。1961年生まれ。青山学院大学理工学部卒業後、日本IBMに入社。38歳のときに社員数16人のITベンチャーに志願し転職。ほどなく倒産の危機に直面し、マーケティング部長の傍ら営業支援SEとして現場に入る。以来、足かけ4年にわたりマイクロソフトなど名だたる競合を相手に、コンペ300戦無敗という結果を残す。その後、東証一部上場企業JBCCにて執行役員、さらに先進技術研究所を設立し、初代所長となる。55歳で独立し、現職に。著書に『理系の仕事術』(かんき出版)。 【聞き手:西沢泰生プロフィール】 ブックライター・書籍プロデューサー。主な著書『一流は何を考えているのか』(学研)、『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(三笠書房)、『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)他。
井下田久幸