『マル秘の密子さん』美術の素晴らしさ 福原遥が着ていた衣装・foufou愛用ライターが解説
物語において、衣装やセットの力は凄まじい。『マル秘の密子さん』(日本テレビ系)は、その斬新かつノスタルジックな美術によって、現代に蘇ったおとぎ話のような魅力を放つ。巧みに選ばれた衣装はキャラクターの内面を雄弁に語り、緻密に構築された世界観は観る者を物語の中に引き込む。絵画のように美しいファーストカットから、細部にまでこだわった設定まで、これらの視覚的要素は言葉以上に物語を語り、作品の魅力を何倍にも増幅させている。 【写真】筆者自身も愛用しているfoufouの衣装を着た福原遥 福原遥演じる謎多きトータルコーディネーター・本宮密子を軸に、シングルマザー・今井夏(松雪泰子)の女社長への大変身を描く本作。その舞台は、華麗なる一族・九条家の同族経営が続く大企業「九条開発」だ。 本作の真髄は、現実とファンタジーの境界線を巧みにぼかす卓越した世界観にある。アールヌーヴォーを思わせる曲線美と色彩に彩られた密子の華やかな衣装、アンティークな家具が醸し出す時代を超えた美しさ、そしてクラシカルな装飾が散りばめられた九条家の自宅。これらの要素が、現代を舞台にしながらも、どこか懐かしくも新しい、おとぎ話のような雰囲気を醸成している。 部屋の細部へのこだわりも見逃せない。童話の挿絵から抜け出したかのような繊細な模様が施されたカーテン、九条家のウィリアム・モリスの壁紙などは、それ自体が一つの芸術品だ。さらに、柔らかな光と影のコントラストが生み出す幻想的な空間は、物語の謎を視覚的に表現することに成功している。 主人公・本宮密子の「外見が内面を変える」という哲学は、彼女自身の装いにも如実に表れている。第1話で彼女が纏うブラウンベースの花柄ジャガードのセットアップは、多くの視聴者の心に鮮烈な印象を残した。アパレルブランド・foufouによるこの衣装は、くるみボタンが印象的なレースブラウスとともに、密子のキャラクターの奥深さと優雅さを見事に表現している。筆者自身、このブランドは愛用しているのだが、実際に着てみるとスカートのたっぷりのフレア分量にかなり驚く。 九条玲香が着用するライトブルーに赤い花柄のノースリーブワンピース、密子の印象的なグレーのジャガードチェスターコートなど、RE SYU RYU(リシュリュ)のデザインも目を引く。このブランドは「日常と非日常のあいだ」をコンセプトに、上質で華やかなスタイルを提案している。この美学は、本作の持つ現実と幻想の境界線を曖昧にする世界観と見事に調和しているようにも思えてくる。 さらに、密子の手によって変身を遂げた夏がつけるGossamerのショートダイヤモンドリングも印象的だ。蜘蛛の巣に水滴が輝く様子をモチーフにしたこのジュエリーは、「狐の手」こと「アンカリング」の際にも画面に映りこむように、夏の内面の変化を象徴するアイテムとして効果的に使用されている。 これらのアイテム以外にもさまざまな有名ブランドの衣装が登場するため、一概にはまとめられないものの、こうして並べてみると自然をモチーフにしたデザインがなんとも印象に残る。この先も、密子や九条家の登場人物の華やかな衣装を拝めると思うとそれだけで胸が躍る。 現代を舞台としながらも、どこか異世界のような雰囲気を醸し出す建物や撮影場所もまた、本作の独特な世界観を形作る重要な要素だ。 第1話で印象的に映し出されるピンク色がかった洋風の建物は、千葉県のアンデルセン公園。童話の世界から抜け出してきたかのようなこの建物は、本作の持つファンタジー性を視覚的に表現している。また、物語の中心となる九条家の洋館の外観には、昭和初期の代表的華族邸宅である和敬塾本館が使用されている。回を重ねるにつれて、どんな建築が物語に登場するのかにも注目したい。 密子の本質は、まだ私たちには見えない。彼女は依頼者たちの救世主のようでいて、時に冷酷な策略家のようにも見える。だが、彼女が紡ぎ出す世界は、それが極彩色の楽園であれ、冷徹な現実が支配する修羅場であれ、驚くほどに美しいのである。「綺麗な薔薇には棘がある」とはよくいうが、最後に薔薇の棘が刺すのはターゲットの復讐相手か、それとも密子自身なのか。それもまた物語の醍醐味となるだろう。
すなくじら