福地桃子×青木柚の寝顔は大切な思いを呼び起こす 『The Night Before』で浄化された心
リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、アルバイトをした映画館はすべて閉館してしまった石井が『The Night Before』をプッシュします。 【写真】ベッドで寝る福地桃子 ●『The Night Before』 親から離れて1人でも映画館に行くようになって約25年。この25年、多い年と少ない年をならして、年間平均50本だと想定、1本2時間換算だと2500時間=約105日程度は、映画館で時間を過ごしたことになります。多いような少ないような、なんとも言えない結果となりました。「1年は映画館にいました」と言えたらわかりやすかったのですが、まあ十分多いということにしましょう。 この前置きで何が言いたかったかと言うと、「映画館っていいですよね」という、ごく単純な話です。何度も何度も行っているにもかかわらず、チケットを受付の方にもぎってもらって(今ではほとんどなくなりましたが)、劇場に入る際にはいまだにワクワク感が込み上げます。20年前に比べたら、家でも十分リッチな映像体験ができるようになりましたが、あの高揚感は映画館でしか味わうことができません。スクリーンの大きさとか、音のよさとか、そういった家では味わえない設備面の要素以上に、あの空間が生み出すなにか。 あの空間に魅了されて、学生時代は映画館でアルバイトをし続けました(在籍した映画館はすべて閉館……)。シネコン、ミニシアター、どちらも経験し、どちらも楽しさはあったものの、圧倒的に“時間”があったのはミニシアター。今思うと、この時間に読んでいた本や、映画脚本に思いを巡らせた時間、バイト仲間と会話した時間が、現在の仕事にも直結しているなとしみじみ感じます。 そんな“あの頃”がフラッシュバックした映画が『The Night Before』。この前置きのような映画館アルバイトの話でもなければ、映画についての映画というわけでもないのですが、本作には映画館が生み出す、あの空間と同じ匂いが刻まれていました。 『prologue』と『飛べない天使』の2部作からなる『The Night Before』のテーマは“変化”。これまでと違う現実をどう受け入れるのか、目を背けたくなるような社会とどう向き合うのか、現実と夢の間をどう生きていくのか。2つの物語の主人公たちが、これまでと違う一歩を踏み出す姿が描かれていきます。 本作を通して強く心を惹かれたのが、中編『飛べない天使』の主人公・優佳(福地桃子)と聡太郎(青木柚)の寝顔です。『飛べない天使』は、都会に疲れた女性・優佳が、病院から抜け出した青年・聡太郎と出会い、思いもよらない旅に出る物語。福地さんも青木さんもいるだけで作品の質が担保されるような若き名優であり、本作でもその期待を裏切りません。2人は、優佳と聡太郎の旅路をただの“ドキュメンタリー”にはせず、あくまでフィクションの演技として、妙な生々しさを生み出しているのです。 優佳と聡太郎は、路上で、草むらで、ベッドで、仰向けで目を閉じます(眠る)。それは社会と決別するスイッチのようにも見えるし、世界に自分自身をすべて預けるようにも見えます。 観客が物語として観ているものは、彼らの現実なのか、夢なのか。はっきりした答えが示されるわけではありませんが、たしかにそこには、2人だけの心地良い時間が刻まれていました。 正しいことが求められ続け、一度でもレールから外れたら戻ることが難しいとされる現代。社会のさまざましがらみに囚われて生きる人にとって、優佳と聡太郎の姿は心の重荷を取ってくれるような軽やかさがあります。映画館の暗闇に身を預け、彼らと一緒に夢を観る。観終わったとき、きっと少なくない変化が起きるはずです。DYGLによる主題歌が最高だったので、エンドロールまでじっくり余韻に浸るのがオススメです。
石井達也