映画監督山田洋次さん、最初は戸惑った神戸・長田の「寅さん」ロケ 絶望の先に見えた希望とは
「男はつらいよ」の撮影をぜひ、神戸・長田で-。地元住民からわき起こったロケ誘致の声に、山田洋次さん(93)は当初困惑したという。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災からまだ日が浅く、被災地には更地が広がっていた。 【写真】ファンから「寅さーん」と呼びかけられ、笑顔で応える渥美清さん=1995年10月、神戸市長田区 人気映画シリーズ「男はつらいよ」は、渥美清さん演じる「フーテンの寅」こと車寅次郎が行く先々で騒動を巻き起こす人情喜劇。傷ついた被災地は「寅のような無責任な男が行くところじゃない」と考えた。 だが、山田さんは次第に心を動かされていく。 「被災された方々がね、『私たちは笑いがほしいんです。寅さんの撮影でみんな陽気に騒ぎたいんです』とおっしゃる。僕は考えさせられちゃったな。そういうものかと思ってね」 シリーズ第48作「寅次郎紅の花」のシナリオを急きょ書き直し、長田の菅原市場周辺でロケが実現したのは95年10月。公開の2カ月前だった。 ボランティア元年といわれたあの年。寅さんも神戸でボランティアをしている設定にした。「混乱の中では、組織にとらわれない彼のような人間が意外と役に立つんじゃないか」と。 そして、ラストシーン。寅さんは被災者にしみじみ語りかける。「苦労したんだなあ。本当にみなさん、ご苦労さまでした」。そのせりふに私たちは涙した。 映画の作り手が希望を失ってはいけないと、山田さんは言う。誰もがいろんな絶望を胸に抱えて生きている。「だからこそ、生きていたらいいことがあると思える映画を作りたい」 絶望の先に見える希望。被災地にとって、あの年の寅さんがそうだった。 ◆ 「30年か」。時の流れをかみしめるように、山田さんが静かに思いを語った。(岸本達也)