〈日本農業の技術レベルは高いのか?〉東南アジアの生産現場から見えた日本の“特異さ”、今から導入すべき技術とは
機器を自作し、自らPRするタイの野菜農家
新興国ではあるが農業大国であるタイ。首都・バンコクの北隣ノンタブリー県にある「テムラック有機農園」は、有機野菜やケールなどを栽培しながら、レストランやカフェも経営する。いわゆるタイの6次産業化を進める先進農家だ。 この農園では、化学肥料や農薬を使用しないで野菜などを栽培し、農園の直売所で販売している。有機のサラダ野菜やケールが栽培され、消費者が直接農園に購入しに来るそうだ。ケールは鉢で栽培され、健康に関心の高い富裕層が購入するという。 この経営者は元エンジニアで、見せていただいた灌水システムは自作だ。気温が高くなると灌水は自動で行われる。 政府からの補助はなく、余計なコストをかけないことを徹底しているという。普及組織から「スマートファーマー」(革新技術などを使って自分の経営を改善できる農家で、日本の指導農業士に近い)と認定されて、実証試験なども実施したと話してくれた。
また、この農園では、有機野菜を消費者に知ってもらおうとSNS(Facebook)を積極的に活用している。この農園のページでは、栽培している野菜の播種から収穫までの状況を随時、公開し、PRする。有機農業に興味を持っている消費者にSNSを通じて栽培状況を伝えることで、有機農業を理解してもらい、顧客になってもらうことを目的としているようだ。 この農園にはタイ料理などを提供するレストランが併設され、農園で栽培された野菜なども提供する。筆者もこのレストランで、コーヒーをいただいたが、落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした時間を過ごすことができた。 このタイの農家は化学肥料や農薬を使用しない有機農業のために灌水システムを自作しているだけでなく、そうした栽培状況をSNSの利用で広く伝え、6次産業化にも熱心に取り組んでいる。
東南アジアの先進農家たちから何を学べるか
台湾とタイの2つの事例を見てきたが、いずれも現地の公務員が紹介してくれた農家だけあって、日本でいう、篤農家に違いない。ここ数年、アジア各地で複数の先進農家と話す機会があったが、彼らの考え方は農家というより経営者に近く、日本の先進農家と何ら変わりはない、と感じている。 また、2023年にタイのチェンライ県で稲作農家でもトラクターを見せていただいたが、日本製だった。日本は、大手機械メーカーが長年切磋琢磨して開発競争を行ってきたこともあり、トラクターをはじめ農業機械のレベルは高く、アジアのなかでもトップクラスと言えそうだ。 日本では、政府が進めるスマート農業の開発・普及も、人手不足が深刻化するなか、省力化に重点が置かれ、自動運転トラクターなどハード面の整備を中心に進められてきた。北海道などでは自動操舵トラクターが急速に普及し、省力化対応には一定の成果を上げている。しかし、日本のスマート農業がどちらかというとハード中心になりがちで、ソフト開発などの比重は高くなかったと感じている。 ソフト面に目を向けると、農業生産工程管理(GAP)の認証取得やアプリ・クラウドの利用など、日本は進んでいると言えない。たとえば、台湾やタイで会った農家はトレーサビリティやGAPに取り組んでおり、その意義を疑う農家はいなかった。一方、日本の農家はいまだに「GAPに取り組むことが大事なことはわかるが、面倒で取り組んでも収益増に直接結びつかない」「GAP認証を必要とする取引先がなければ、何の意味があるのか?」などとの声が聞こえてくる。