「日本の大企業は、古臭くてダメ」と切り捨てるのは間違い…日本のスタートアップが本当にやるべきこと
■「ベンチャー企業を応援」に違和感 何年も前になりますが、日本のレガシーな大企業の経営者100人とベンチャー企業経営者100人が集まったイベントがありました。 私はそのモデレーターロールの一端を担当したのですが、最終的にそのイベントを主導した経産省サイドが、大企業に対して「もっとベンチャー企業を応援してください」という締め方をしたのです。 私はこれに少し違和感を覚えました。 いま、日本政府は数多くのスタートアップ、ベンチャー企業の支援策を打ち出しています。私が共同創業した2つの会社、ベンチャーカフェ東京とその姉妹組織にあたるCICjapanには「スタートアップ創出元年」と書かれた岸田総理のサインがあります。感じるのは、政府が、大企業が、スタートアップを支援して「あげる」、というニュアンスです。 大人が子供を手助けするような、そんな雰囲気です。 ■大企業も政府も「ベンチャー企業はよくわからない」 誤解のないように言えば、成長を促すことは素晴らしいこと、支援はとても心強いものです。一方、起業家は立派な大人なので、過保護にならない、あくまで対等な関係が望ましいと思います。 イベントのあと、大企業側の経営者のほとんどはさっさと帰路につきました。一方、ベンチャー経営者のほうは、どんどん私に話しかけたり、経営者同士の情報交換、コネクションづくりに余念がありません。 大企業経営者の視界には、そもそもスタートアップやベンチャー企業の経営者は入っていなかったのかもしれません。 政府も、大企業とはつながりもあり、理解しやすいが、ベンチャー企業はよくわからない、と感じているのでしょう。
■スタートアップは既存企業を見下している ただ、私はそれが悪いことだとは思っていません。 スタートアップがよくわからないながらも、あの手この手で支援しようとしてくれているわけです。現状への危機感がなければなかなかできないことです。 中には、「私にはわからないから、ベンチャー起業家に任せる!」と言う大企業経営者もいました。これもある意味勇気のある発言であり、私はポジティブにとらえました。 逆に、スタートアップ、ベンチャー企業の側は、大企業側の思いについて理解しているでしょうか。 単に「古臭い」「時代に合っていない」「既得権益」などと、悪く思って見下している人もいるかもしれません。 そういう風に見るのは間違いだし、「損」だと思います。 ■相互に尊重し学び合うことが大事 既存の企業や社会のあり方に問題意識をもち、そのカウンターであろうとすることは重要です。 ですが、既存企業を敵視することはまた別の問題です。 既存の企業を敵視し、排除することが、ベンチャー企業やスタートアップにとって得になるとは思えません。 先ほど「わからないから、ベンチャー起業家に任せる!」という大企業経営者の発言をご紹介しましたが、ある意味、この経営者のほうがクレバーだと思います。 スタートアップのことは理解していないかもしれませんが、それを自覚した上で、変化の重要性について認識しているわけですから。 大事なのは、相互尊重(mutual dependence)、お互いに学び合う(mutual learning)、こと。成長はその先にあるのです。 ■いまやGAFAMは「レガシー企業」 15年前、私がバブソン大学で教鞭をとり始めたころ、学生たちの意識は「次のGAFAMは誰だ」に向いており、自分たちがそうなってやろうという熱量がありました。 ところが、いまやGAFAMはレガシーな企業になりつつあります。 起業家志向の学生たちは「次の新しい業界」を生み出す必要がありますが、しかし、新たな業界はなかなか生まれるものではありません。 自然とアイデアは「既存事業の間を狙う」ものが増えてきます。 大企業が手をつけていない、手をつけられない、見落としているニッチな市場、事業を見つける方向に走るのです。 もちろん、ニッチだから駄目だという話ではありません。十分なサービスが行き届いていないニッチな市場にサービスを提供するというアイデアは素晴らしいものです。 でも、少し寂しい気持ちにもなります。大スケールの事業はスタートアップの手には負えない、と思い込んでいるのではないでしょうか。 ■「レガシー企業」を敵視してはいけない 「やめたほうがよくない?」 「これまで誰もやってないでしょう?」 「失敗したらどうするの?」 「うまくいく保証はあるの?」 秩序を守る傾向が強い日本では、こういう声が大きくなりがちです。 その反面、日本ではスタートアップやベンチャー企業の人間が、「レガシー企業」を敵視してしまいがちです。 そうではなく、既存の社会を受け入れた上で、「自分が信じた道を行く」ことが重要なのです。 日本社会の「秩序」はメリットです。それを受け入れつつ、変わる必要があれば変わる。それが大事なのです。 ---------- 山川 恭弘(やまかわ・やすひろ) バブソン大学准教授 慶應義塾大学法学部卒。カリフォルニア州クレアモントのピーター・ドラッカー経営大学院にて経営学修士(MBA)課程修了。テキサス州立大学ダラス校にて国際経営学博士号(Ph.D.)取得。2009年度よりバブソン大学准教授。同大学は起業家教育分野において30年連続全米1位との評価を受ける。専門領域はアントレプレナーシップ。バブソン大学では、学部生、MBA、エグゼクティブ向けに起業道を教える。東京大学特任教授をはじめ、日本国内でも多くの大学にて教壇に立つ。数々の起業コンサルに従事するとともに、自らもボードメンバーを務める。2022年度までCICジャパンプレジデント、ベンチャーカフェ東京代表理事、2024年よりベンチャーカフェ東京顧問。経産省J-Startup推薦委員。文科省起業教育有識者委員会メンバー。 ----------
バブソン大学准教授 山川 恭弘