『アイのない恋人たち』佐々木希の諦念の表情がグサリと刺さる 少し苦い自立した大人の恋
『アイのない恋人たち』(ABCテレビ・テレビ朝日系)を観ていると、自分に足りていない“アイ”についてふと考えを巡らせてしまう。そして、気付かされる。3つの“アイ”(「愛」「見る目」「自分」)はそれぞれ別のものでありながら、実は人生を歩む上では繋がっているのかもしれないということを。 【写真】物語全体を象徴するかのような「愛するということ」 『アイのない恋人たち』第3話は高校を卒業後、複雑な人生を歩む稲葉愛(佐々木希)の「誘拐するよ! あの子」という衝撃のセリフで始まった。 愛が自らの手で画策した実の息子の誘拐劇に、巻き込まれた久米真和(福士蒼汰)。何もわからぬまま愛について行っただけの真和は、愛が息子をはじめとする家族と現在良好な関係ではないことを悟る。 一方で、今回ハッピーな展開へと転じたのは“eye”のなさに悩んでいた郷雄馬(前田公輝)だろう。彼は、運命の人・近藤奈美(深川麻衣)に心を寄せ、真和の懸念を押しのけながら、プロポーズまで匂わせた初デートへと踏み出す。「今度こそ大丈夫だから」と浮き足立つ雄馬だが、その尋常でない浮かれ方に何やら不穏な空気を感じて、周りと一緒にこちらも心配になってしまう。 そしてなんの縁か、雄馬と真和のペアは同時間に別の場所でデートを進行することになるのだが、それぞれのキャラクターが際立つデートになっていた点も面白い。当然のことではあるが、デート先にこそそれぞれのカップルの色が出る。 雄馬たちは遊園地に手作りのお弁当……というなんとも2人らしい、てんこもりの初デート。この2人は、家族を大切にしていることが共通点なのだろう。祖母との温かなエピソードを語る雄馬に奈美が惹かれたのは、母が結婚を急かすのは「自分を思ってのこと」という自覚があったからなのかもしれない。 同じ時刻に、真和はマイルールである「マッチングアプリで出会った女性とは3回まで」を破り、今村絵里加(岡崎紗絵)との4回目のデートを決行していた。ブックカフェの店主と脚本家ということで、2人の話題は共通点となるカルチャーの話題が中心となった。 面白いことに、今回ブックカフェにて絵里加と真和が語り合ったエーリッヒ・フロムの「愛するということ」という本は、この物語全体を象徴するかのような本ともいえる。 詳細はぜひ手に取ってみて欲しいのだが、この本の要旨をごく簡単にまとめると「愛とは互いに未熟な者たちがただ依存し合うような受動的なものではない」というところにある。つまりは「自らを愛することなくしては他者を愛することもできない」というメッセージが込められている本なのだ。 相手の話にきちんと耳を傾けなかった雄馬、自分に目を向けるばかりで冨田栞(成海璃子)と向き合えない淵上多聞(本郷奏多)、本当は傷つけられることが怖くて3回での別れを繰り返してきた真和。 第3話を振り返ってみても、恋愛の本質はテイクではなくギブであること。そして精神的な自立が、まずは恋愛において重要なことを痛感させられたのではないか。栞と多聞にはまだ乗り越えるべき壁がありつつも、“ギブ”の本質に気がついた奈美と雄馬の関係が6人の空気に今後どう作用していくのかも気になるところ。 一方、愛と真和の関係を前に、絵里加は自分の本当の気持ちを自覚し始める。“タイタニック”によって真和と絵里加の関係も、一歩前進した。しかし、愛か絵里加か……前回に続く問いに真和自身も正直なところ、まだはっきりとした答えは出せてない様子。真和にとっては、高校時代に愛が自分を振った本当の理由が明らかになったからこその、やるせなさもあるのだろう。 あくまで考察の域をでないが、「結局、人を愛することで自分が何者かって気づくんだ」という彼のモノローグは、絵里加を愛することで“愛への本当の気持ちに気がつく”という伏線にも捉えられるのではないか。 よく使われる例えとして、昔の恋人との復縁をバンドの再結成にたとえ、「一度解散したバンドが再結成しても、最高潮のときと同じ輝きは取り戻せない」と言われることがある。高校時代の真和との美しい記憶を胸に秘めながら、今は全てが「変わってしまった」愛。外見からは飄々としているかのように見えても、実際には彼女がその言葉の意味を最も深く感じているように思えた。 そんな中、愛が絵里加との関係が深まっていることを悟り、真和にバレないようそっと身を隠す姿は、観る者の心を打つものがあった。佐々木希が演じる愛の、悲哀を帯びた大人の諦念の表情が、第3話をピリッと締めくくる。 『アイのない恋人たち』が手にする、アイの形はとにかく多様だ。ひょっとしたら愛する人の幸福を願って自らが引き下がることも、「愛するということ」の一つの形かもしれない。自立した大人の恋は、愛が飲み干したビールのようにきっと少し苦いのだ。
すなくじら