北米No.1好発進!! 帰ってきたバディアクションレガシー 新時代版『バッドボーイズ RIDE OR DIE』
「過剰さ」からこぼれ落ちるもの
そう、本作はとことん過剰なのである。物語の整合性やリアリティが気にならない(気にしてはならない)ほどのエネルギーとスピードで、観客を2時間のライド・アトラクションへと連れ出してくれる。クライマックスに至っては、舞台設定からアクションのギミックまで「ここまで要素を増やすのか」と思わせるほど。そんな中にスティーブン・スピルバーグへのちょっとしたオマージュを挟み込むあたりも含めて、高速であること、情報量の密度を高めることへの執念を感じさせる。 これは余談だが、かつて映画監督マーティン・スコセッシは、マーベル映画をはじめとするスーパーヒーロー映画を「映画(シネマ)ではなくテーマパークのアトラクションに近い」と評したことがあった。では、スコセッシはこの作品を「映画(シネマ)」だと思ってくれるだろうか‥‥? ついそんなことも頭をよぎってしまうほど、本作はある意味で突き抜けている。 それでも興味深いのは、本作に確かな『バッドボーイズ』らしさが保たれていることだ。それはスミス&ローレンスのコンビが作り出した、彼らにしか作り出せない空気なのかもしれないし、時折香るノスタルジックさかもしれないし、役柄としては死してもなお存在感を発揮した名優ジョー・パントリアーノの力かもしれない。なにしろハワード警部の登場シーンには、ほかの場面にない渋味が確かにあるからだ。 同時に無視できないのは、前作よりも増した“老い”の気配である。マーカスは映画の序盤で倒れたことで臨死体験を味わい、本作ではマイクもパニック障害の発作と格闘するのだ。2人は昔と変わらないままのようでいて、その肉体も精神も、以前とは明らかに異なっている。今回も若い世代にバトンを渡しきることなく最前線で活躍する彼らだが、演じるスミス&ローレンスの年齢も込みで、この“老い”が『バッドボーイズ』に絶妙な味わいを加えていることも確かだろう。
文 / 稲垣貴俊