誰も手放さないから流通しない! 限定モデルでもないのに501台しか売れなかった「フェラーリF512M」はあまりにも価値のある1台だった
V12ミッドシップフェラーリの最終進化型
それまでのBB(ベルリネッタ・ボクサー)シリーズから、あまりにも華麗なスタイリングの変化で、世界中のフェラーリスタの心を一瞬にして魅了してみせた「テスタロッサ」。1984年に誕生したテスタロッサは、その後1992年にはマイナーチェンジ版の「512TR」に。そして1994年になると、最終進化型ともいえる「F512M」に再びマイナーチェンジされることになる。 【写真】この見た目は文句なしに格好いい! 今世界が大注目のフェラーリF512Mを全方位から徹底観察(全12枚) 参考までに各々のモデルの生産台数は、テスタロッサが7177台、512TRは2261台、そして最終的に1996年半ばまで生産が続いたF512Mはわずかに501台と、そのボリュームは過去の2作と比較すると非常に小さな数字であることが分かる。 だが、このF512Mは、いまでも多くのフェラーリスタから熱い視線を注がれる存在であり、そのもっとも大きな理由が、シリーズモデルとしては(つまりスペチアーレのような限定車ではなかったモデルとしては)、それが1971年に発表された365GT4BBから進化を続けてきた、V型12気筒ミッドシップの、ひとつの最終形であること。そして、もちろん前で触れた生産台数の少なさにあったことはいうまでもない。 F512Mは、市場における存在感は確かに薄いのかもしれないが、それは実際に流通するモデルの少なさに直接の理由があると考えてもよいのではないだろうか。つまり、F512Mを手にしたフェラーリスタは、その価値を正しく知り、それを簡単には手放さないということなのだ。 F512Mがオフィシャルデビューを飾ったのは、1994年秋に開催されたパリサロンでのことだった。車名に掲げられたF512Mとはすなわち、フェラーリの5リッターV型12気筒モディファイドの意であり、繰り返すようだがフェラーリはこのF512Mを最後に、シリーズモデルの12気筒を後継車の550マラネロで再びFRの基本設計に回帰した。
空力を意識したエクステリアが衝撃的
実際にこのF512Mのオフィシャルデビューの場で誰もが最初に驚かされたのは、そのエクステリアデザインのドラスティックな変化だった。当時のピニンファリーナのチーフスタイリスト、ディエゴ・オッティナの語った言葉をそのまま流用するのならば、それは「空力的な性能をより高めることと同時に、フェラーリ車全体に共通したアイデンティティを確立することが、もっとも重要なコンセプトにあった」ものなのだという。 フロントグリルの造形や丸型4灯式のレンズが新たに与えられることになったテールセクションの造形などは、このF512Mよりも若干先に登場した2+2GTの「456GT」や、8気筒ベルリネッタの「F355」のそれと確かに共通のデザイン性を有している。 また、ボディラインに合わせて微妙な曲面成型が施された強化プラスチック製のカバーをもつ、固定式ヘッドライトの採用は、エアロダイナミクスの向上に大きく貢献したことは間違いのないところである。 湾曲したフロントスポイラーからは、積極的にボディの下面にエアを導入し、それによって効果的にダウンフォースを得ようという意図が明確に感じられる。 ミッドに搭載される180度V型12気筒エンジンは、燃焼室形状を見直し、10.0の圧縮比を可能としたほか、チタン製コンロッドや新たなバルブスプリングを採用するなど、各部のバランシングと軽量化をさらに高レベルに実現したもの。 エンジンの乾燥単体重量は224.5kgにまで削減され、最高出力は440馬力、最大トルクは500Nmを得るに至った。組み合わされる5速MTも、ギヤレシオがよりクローズド化され、それ自身にも強化策が施された。 前後のサスペンションは、そのデザインだけを見れば前後ダブルウイッシュボーンとテスタロッサや512TRと変わらないが、やはりここでも軽量化は徹底しており、セッティングも独自のものに変化した。ブレーキディスクにドリルドタイプのベンチレーテッドディスクが採用されたことや、ABSの標準装備化が実現したのも注目点だ。 タイヤは512TRと同様に18インチ径だが(テスタロッサは16インチ径だった)、一連のバネ下重量の低減策の恩恵で、その乗り心地はさらに洗練されたものになった。 注目のパフォーマンスデータは、0-100km/hの4.7秒や、315km/hの最高速に象徴されるように、現在でも十分な魅力を感じさせるもの。いまも世界中のフェラーリスタがオークションシーンなどで、そのキーを狙うF512M。 すでにクラシックフェラーリの仲間入りを果たして久しいこのモデルの価値は、これからも変わることはない。
山崎元裕