このビルは言うなれば“キラー・エレベーター”ですよ【みうらじゅんの映画チラシ放談】『エレベーター・ゲーム』『ホビッツベイ』
『ホビッツベイ』
――2枚目のチラシは1970年代を舞台にしたホラー『ホビッツベイ』です。 みうら これも僕的には選ばざるを得なかったチラシですね。 ――今日は統一感ありますね(笑)。 みうら でしょ(笑)? 僕が選ぶチラシって全体的に茶色がかってるんですよね。男の料理も茶っぽいって言うじゃないですか。弁当作っても、野菜を入れたりしないから。そんな男の弁当に通じるのがこの『ホビッツベイ』のチラシだと思うんです。 しかし、これはデカデカとモンスターが写ってますよね。こういうものって普通は隠すもんじゃないですか。「モンスター出ますよ」ってことはハッキリしてる。ここまで見せてくれてると、次には「何に似てるモンスターだろう」って考えるじゃないですか、男としては。 ――男としては……(笑)。 みうら 男としては「アメフラシだな」って思ったんです。一度、鴨川に行ったとき、ある磯で見つけたんですよ。 これもどうしてですかね、男って本当はビーチより磯の方が好きじゃないですか? そりゃイケてるヤツらはナンパ目的でビーチを目指すのでしょうけど、僕みたいな文化系のヤツって磯の方に行きがち。村山さんはどうです? ――確かにウニとか穫れるんじゃないかと期待して磯には行きますよね。 みうら やっぱりね(笑)。ナンパが目的じゃない者は、もっぱら海の生物のハントですからね。そのとき、ちょうど引き潮になってたんで、岩のところにいろんな磯の生物がいたんです。で、僕は生まれて初めてアメフラシっていうものを見ました。 この『ホビッツベイ』のモンスターの口の部分は、たぶんアメフラシをイメージしてるなって思ったんですね。 それにアメフラシ、紫色の煙みたいなのを出すんですよ。触りでもしたら内臓をぜんぶ出すかもしれません。それで外敵をビビらせて逃げるんです。もう予想だにしないことを奴らは仕掛けてくるんです。 しかし、このチラシの女の子はそんなに驚いてない。モンスターが背後に迫ってるときにこんな表情しないでしょう。しかも横の女の人に至っては眉をしかめてるじゃないですか。 ――確かにホラーなのに恐怖の表情じゃないですね。 みうら ホラーなら本来叫ぶところですよ。しかし、このチラシの表情がヒントです。 「ヤバい!」とか「噛まれる!」みたいな感じじゃないんですよ。この怪物は、攻撃とも言えないし、防備とも思えない、人間の想像をはるかに超えたヘンな動きをするはずなんです。 「ぎゃー」って表情をする怖さなんてたかが知れてます。本当の怖さというものは「ナニコレ!」なんですから。 ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』のモンスターも、犬の顔がバナナ割れしたり、ニューッと出てきた先っちょにオッサンの顔が付いててブラブラしてたじゃないですか。アレを初めて見せられたとき、恐怖というか「ナンだこれ?」っていう感覚が先だったと思うんです。 このチラシがあえて怪物を前面に押し出してるっていうことは、「ナニコレ、なんにも仕掛けてこないじゃん!」っていう逆の怖さを狙ってるんだと思います。食われるんだろうなと思わせてますけど、全く食いもしないと思いますよ。 この子どもの表情なんて、ちょっと飽きてる感じすらしますもん。子どもは飽きるの早いですからね。人間はついつい理由を探りがちだけど、いやいや、自然界には理由なんてないんですよ。そこが怖さなんですよ。 宇宙人にもつい敵か味方かって考えるじゃないですか。でも宇宙人は理解を超えたことを地球にしにくるはずで、そんなこと全く考えてるわけがないんですよ。 襲ってくるか、こないかすらも分かりませんが、なにか理解を超えたことをするに違いない。この映画は「オレが思ってるモンスターじゃない!」って思った瞬間に負けだと思います。 ――じゃあ、お客さんもこのチラシみたいな表情で映画館から出てきますかね。 みうら そうですね。「何だったのアレ?」って顔で出てくるでしょうね(笑)。 取材・文:村山章 (C)ELEVATOR GAME LLC 2023 (C)2022 ANACOTT (BEACH) LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED ■プロフィールみうらじゅん 1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。