ポルシェ911の減速馬力は2000馬力にも達する! レーシングドライバーが語る「世界一」と言われるブレーキの秘密
ポルシェ911は高いブレーキ性能で優位性を誇ってきた
911をサーキットで走らせたことがある人なら、誰でもそのブレーキパフォーマンスの高さに感心させられたことだろう。911のブレーキ性能はそれほど突出している。911の特徴といえばリヤエンジンのRRレイアウトだが、レースシーンにおいても911がFRやミッドシップMRのライバル達を尻目に優位性を誇ってきたのは、この突出したブレーキ性能の高さによるところが大きい。 【写真】打倒マクラーレンを掲げて開発! 市販モデルも存在した究極のポルシェ「911GT1」とは(全17枚) なぜ911はそれほど優れたブレーキ性能を発揮できるのか。その理由はいくつかある。ひとつにはRRレイアウトであること。RRレイアウトでは駆動輪である後輪の上に重量の大きなエンジンが搭載されている。加えてトランスミッション荷重も後輪にかかるので、後輪荷重は相当に大きい。その結果、グリップを発揮しやすく、加速を引き出すトラクション性能にまず優れている。 ではブレーキングではどうか。スタティック(静止)な状態での前後重量配分は前40:後60程度であり、ブレーキング初期には後輪もしっかり荷重がかかっていて初期制動は4輪ともに高い。ハードブレーキングではここから制動Gが高まり、前輪に荷重移動が起こることで前輪が主体的に制動力を司る状態に移行する。 フロントエンジン後輪駆動FRでは前輪に荷重移動が起こると後輪の接地荷重は著しく低下するため、とくにハードブレーキング状況下においてはフロントブレーキのパフォーマンスに依存することになる。しかし、RRの場合は後輪荷重が減少しづらい。荷重移動が最大限にまで高まる間も後輪がきちんと接地を保てているので、後輪ブレーキはその間も仕事をし続ける(つまり制動に寄与する)ことができるのである。 結果、4輪のブレーキがほぼ均等に熱交換器としての機能を果たすことができるので、ブレーキ性能に優れていることになる。
シャシー剛性の高さもブレーキ性能に影響
911のブレーキを見ると、前輪ブレーキのディスクローターはほかのスポーツカーと同様に大きいものが装着されている。一方、後輪ブレーキはというと、前輪に勝るとも劣らないような大きなディスクローターが装着されているのが確認できる。 FRスポーツカーの多くは前輪こそ大きなディスクローターを装着されているが、後輪用は普通車並に小さい。これは減速時に後輪の接地性が低下し後輪ブレーキが機能しづらい状況になるため、バネ下重量の軽減を優先してディスクローターを小型化する選択をしているのである。 ブレーキディスクローターの大小はブレーキのキャパシティそのものを表している。ブレーキはクルマが走行している状態の運動エネルギーを摩擦で熱に変換することで減速させる装置だ。その熱交換器としての容量はディスクローターの大小と冷却性能で決まるのだ。ディスクローターの寸法が大きくなれば摩擦熱を受け入れる熱容量が大きくなり、より大きな運動エネルギーを吸収することができる。 911は前後に大きなディスクローターが備わるので、4輪ブレーキトータルでの熱容量は圧倒的に高い。熱容量は馬力に換算することができ、911のあるモデルでは、エンジン出力が500馬力前後であるのに対しブレーキのもつ減速馬力は2000馬力を超えるほどだ。エンジンが加速や最高速の維持をもたらす動力源とすれば、ブレーキは減速をもたらすエンジンといわれる所以だ。 ふたつ目は、その強力なブレーキシステムに応えることのできるシャシーをもっていること。RRの911は前後にバルクヘッド(隔壁)をもち、サイドシルも太く、極めて高いシャシー剛性が与えられている。それは捻りだけでなく、縦曲げや横曲げにも強く、大きな加速、減速、横Gに耐えることができる。 ブレーキング時には、とくに縦曲げ剛性の強さが求められるが、911のそれは極めて強く、前後ブレーキの発する強力な減速Gに対してしっかりと適合できるように設計されているのだ。加えて冷却も高効率に行われ、サーキット走行のように激しい減速を繰り返してもディスクローターの熱容量は常に確保されている。 このような理由から、911のブレーキ性能はほかのどのクルマよりも優れ「世界一」と評されているのである。
中谷明彦