芥川賞の松永K三蔵さん「登って読んで、読んで登ってみて」…「バリ山行」着想は六甲山で迷った経験
六甲山系が舞台の小説「バリ山行(さんこう)」(講談社)で、第171回芥川賞を受賞した兵庫県西宮市在住の兼業作家、松永K三蔵さん(44)が読売新聞の取材に応じ、「地元を描いた大切な作品で受賞できてうれしい。(山と小説を)登って読んで、読んで登ってみて」と喜びを語った。(辻井花歩)
題材にぴったり
受賞作は、主人公の会社員「波多」が同僚の「妻鹿」を通して、一般の登山道を外れて道なき道を行く「バリエーションルート」を知り、将来への不安を抱えながら山行にのめり込んでいく物語だ。
「何かに没頭しても、忘れられない鬱屈(うっくつ)とした気持ちを書いてみたかった」と振り返る。六甲山系を舞台にしたのは、「街に近く、すぐ行けるからこそ、非日常を求めて山に登っても、街(現実)から逃げられない感覚がある。題材にぴったりだった」からだという。
「罪と罰」感銘
茨城県で生まれ、2、3歳の頃に兵庫県尼崎市に、数年後に西宮市に引っ越した。
中学、高校と運動部に所属した一方で、14歳の頃に母に勧められて読んだドストエフスキーの小説「罪と罰」に感銘を受け、執筆を始めた。母が1998年2月に病死すると、墓前で作家になることを誓った。2021年、「カメオ」が群像新人文学賞の優秀作に選ばれて作家デビュー。2作目の「バリ山行」で芥川賞を受賞した。
兵庫県在住の兼業作家
作家デビューを果たしても、建築不動産業界の会社員として働く。原稿は通勤途中の神戸市内のカフェで執筆。自身の日常が作品につながっている。
受賞作の着想は4年ほど前に始めた登山で、六甲山で迷った経験から得た。小学校から大学まで西宮市内で学び、中学、高校の学校行事だった六甲山系登山もベースにある。
現在取り組んでいる新作は、「今度は山じゃなく、街中の話。それも銭金の話」と、会社員の経験を生かし、県内企業を舞台に選んだ。「今後も阪神間で懸命に生きる市井の『何者でもない存在』を描き続けたい」と力を込めた。
まつなが・けー・さんぞう 1980年1月、茨城県生まれ。西宮市在住、関学大卒。2021年に「カメオ」が群像新人文学賞優秀作に選ばれ、作家デビュー。今年7月、「バリ山行」で芥川賞を受賞した。