ハーバード大・内田舞「尊厳を守れば、人生はハッピーになる」固定観念や差別を乗り越えられた理由
アスリート、文化人、経営者など各界のトップランナーによる、人生の特別講義を提供するイベント「Climbers(クライマーズ)」。その第7弾が、2024年5月15日、16日の2日間にわたって開催され、ビジネスパーソンを大いに熱狂させた。今回、ハーバード大学医学部 准教授/小児精神科医、マサチューセッツ総合病院 小児うつ病センター長の内田舞さんによる特別講義を一部抜粋して掲載。 【写真】「Climbers」髙梨沙羅による特別講義
コロナワクチン接種で誹謗中傷を受けた
2021年1月、3人目の息子を妊娠している時にコロナワクチンを接種しました。ワクチン接種は2020年暮れに始まったばかりで、まだ情報が少なかった頃。そんな中でできる限りの情報を集め、「接種するリスク」と「接種しないリスク」を天秤にかけ、接種することを決断したのです。 結果、ものすごい誹謗中傷を受けました。胎児への虐待と言われ、私が勤務する病院にカッターナイフが送り付けられたこともありました。「母親なのに、子どものことを考えていない」。私は最大限の検討を重ねたし、子どものために決断した。それなのに、どうして「母親なのに」という非難が出てくるのでしょう。 これは、母親とはこういうものだという「型」があるからです。固定観念と言ってもいいかもしれません。その型が繰り返して植えつけられることで、人の口から無意識に出てくるようになってしまいます。 私が大学の医学部に在籍していた時、男性の学部生からこう言われました。「女性は医者にならないほうがいい。女性が働くと少子化が進むし、医療の現場は力仕事だから向いていない」と。彼は悪びれた様子も見せずに、そう言うんです。医療の仕事より、家事や育児のほうがずっと力仕事のはずなのに。
「型」に左右されず、自分の尊厳を守る
なぜ頭の中にこうした型ができるのか。それは刷り込みです。例えば、ドラえもんのしずかちゃん。しずかちゃんこそ、社会が作り上げた「日本人女性の理想像」の最たる型です。頭がよく、付き合いがよく、心がやさしい。極めて高い能力を持っているのに、人に頼られたり、リーダーシップを取ったりする姿は見たことがありません。入浴中にのび太が“どこでもドア”で入って来るという性被害を受けても、「のび太さん、エッチ」と笑って済ませます。こうしたシーンを繰り返し見せられることで、型が増強されていくのです。 私は医学部時代に、「女性として日本では生活していけないかも」と思いました。そして、アメリカに渡る決断をしました。 アメリカでは差別に出合いました。アジア人は馬鹿にされ、下に見られる対象。属性で勝手に判断されます。イェール大学の研修医だったころ、指導医からアカデミックハラスメントを受けました。日本人がとても理解できないだろうと思われる難解な英語で質問をしてくる。それも大勢の前で。私に恥をかかせたいと思っているわけです。 ある日、指導医に直接伝えました。「あなたの指導にはパーソナルな嫌な思いを感じる」と。その結果、ハラスメントはよりひどいものへと悪化しました。 それでも私は抗議できたことに誇りをもっています。人として尊厳を守ることができたんだと感じています。人生は一発勝負ではありません。たとえ、ひどい中傷やハラスメントを受けても、わかってくれる人、評価してくれる人もたくさんいます。 私はイェール大学の研修医を卒業し、ハーバード大学医学部准教授になり、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センターのセンター長にもなりました。最も大切なのは自分の尊厳を守ること。外から間違った評価を受けるようなことがあっても、尊厳を守って生きていく。そうすれば、人生はもっとハッピーになるはずです。 内田舞/Mai Uchida 小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年イェール大学精神科研修、2013年ハーバード小児精神科研修修了。在学中に米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。心や脳の科学、フェミニズム、無意識の偏見などについて発信。著書『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)など。