森保一監督、バスケから学ぶ切り替えの速さ 野球WBCで得た世界で戦うヒントとは…特別対談(5)
サッカー日本代表の森保一監督(56)と、コピーライター・糸井重里さん(75)のスペシャル対談。第5回は「他競技からの学び」。バスケットボールや野球のWBCには、世界で戦うためのヒントがあった。(取材・構成=星野浩司) 【写真】病魔に勝ったザッケローニ氏が来日、珍しいヒゲ姿に + + + 糸井重里さん「他のスポーツもたくさんヒントがあるんじゃないでしょうか」 森保一監督「ありますね。ラグビーや野球、個人競技ももちろん、いろんなスポーツを見させていただいて、我々に生かせることはないかなという思いでいます」 糸井「ほう」 森保「例えば、バスケットボールはすごく狭いコートで時間とスペースがない中で速く判断して、切り替えを速く動かないといけない。ああいうことがサッカーでもできたら、相手をより上回っていけるなと」 糸井「なんかもう模型みたいにできてますもんね。あれは守備の勉強にはものすごくなりそうですね。3ポイントシュートをみんなが磨くようになって、守備隊形がまた変わりますよね。あれ、サッカーにとても近いような気がします」 森保「はい。狭いコートの中で手でやってることが足でも可能になれば、世界で勝つ可能性が高くなるなと思って見てます。バレーボールは、ボールが飛んできて、みんながコンビネーションの準備がすごくできていて、ああいうふうに粘り強く守備して攻撃が組み立てられれば得点できる可能性も高くなるんだろうなと、配置や動きを見てます」 糸井「他のスポーツは、決して研究しようじゃなくて、いちファンとして見てるわけですよね?」 森保「そうですね」 糸井「そのうちには『このよけ方があるのか』みたいなことが、研究モードにちょっと入ったりと」 森保「おっしゃる通りです」 糸井「それ、楽しそうですね~」 森保「野球が(23年に)WBCで世界一になりましたけど、我々も世界一を目指していく中で、すごくヒントがありました」 糸井「ほう」 森保「日本の野球と、決勝でやったアメリカとの戦いでフィジカルの差があったりというところで、これまでは日本の野球の中でフィジカル勝負ではなくて、どちらかというと戦術的なところをより駆使して勝っていく中で、大谷(翔平)さんとか、今メジャーリーグに行ってる人たちはパワーでも対等にできるから、戦術的な細かく戦うところもさらに上乗せされて、必然的に世界一を取れるなと」 糸井「勝つ方に行きましたね」 森保「我々サッカーもフィジカル的に平均的な体力差はまだあるかもしれないけど、ヨーロッパに選手が行って、世界のトップレベルの選手とフィジカル、スピード、技術も含めて対等にやれる中で、日本人が持ってるつながる能力、細かく戦術をつなぎ合わせる能力を発揮すれば、自然と世界一になれる日が来るっていうことを見させていただいたり、他のスポーツを見ながらも、自分たちに学びになる、勇気や自信になることを見させてもらっています」 ◆森保 一(もりやす・はじめ)1968年8月23日、静岡・掛川市生まれ、長崎市育ち。56歳。長崎日大高から87年にマツダ(現広島)入団。92年に日本代表初選出。国際Aマッチ35試合1得点。京都、広島、仙台を経て2003年に引退。J1通算293試合15得点。05年からU―20日本代表コーチ。12年に広島監督に就任し、3度のJ1優勝。17年10月から東京五輪代表監督。18年7月からA代表と兼任監督。21年東京五輪は4位。22年カタールW杯は16強。26年W杯まで続投。家族は妻と3男。 ◆糸井 重里(いとい・しげさと)1948年11月10日、群馬・前橋市生まれ。75歳。株式会社ほぼ日代表取締役社長。コピーライター、エッセイストとして幅広い分野で活躍。78年に矢沢永吉の自伝「成りあがり」の構成を担当。79年に沢田研二の「TOKIO」を作詞。「おいしい生活。」「不思議、大好き。」など西武百貨店やスタジオジブリ作品のキャッチコピーなどを手がけている。本紙でコラム「Gを語ろう」を連載中。妻は女優の樋口可南子。
報知新聞社