<前途多難なイラン新大統領>「改革派」が必ずしも民意を通せない複雑な事情
民意にも気を配るイスラム革命体制
1979年に王制が崩壊した時にイラン国民は、社会民主主義等の選択肢の中からイスラム革命体制を選んだ。イランのイスラム革命体制は神権政治と言われるが、実は国民が選んだという矛盾を当初から抱えており、イスラム革命体制は民意にも気を配ってきた。 ところが革命から40年以上が経って国民の体制離れがどんどん進む事態となり、あくまでもイスラム革命体制を堅持しようとする保守強硬派は、2020年の国会議員選挙以降、保守穏健派(イスラム革命体制の枠内で国民や国際社会と折り合いを付ける)、改革派(イスラム教を重視しつつも西欧型の民主主義を志向)を選挙の資格審査で排除して選挙を通じた民意を無視する態度に出た。 今回の大統領選挙でも、事前の資格審査で残った候補者は、保守強硬派4人と改革派1人となり、投票前には、無名のペゼシュキアン氏が候補者に残ったのは、一応公平な選挙を行ったという形を整えるためなどと言われていた。 その意味で、今回の決選投票の結果は、イスラム革命体制がどれだけ国民に嫌われているかを明らかにし、保守強硬派にとり大きなダメージだったことは間違いない。しかし、今更、保守強硬派が、国民が支持するイスラム革命体制に戻るはずがない。
改革派を阻む国内外の壁
今後、神(正確にはイマーム)の代理人であるハメネイ最高指導者を戴く保守強硬派と国民の支持をバックとする改革派大統領の間で厳しいせめぎ合いが起きることは間違いないが、この改革派政権の前途は多難だと言わざるを得ない。 例えば、ペゼシュキアン氏は、イラン国民の不満が特に強い女性に対する服装規定や核開発問題に起因する米国、欧州との対立・緊張を緩和して制裁を解除させると公約しているが、公約の実現が一筋縄では行かないことは明白だ。 イスラム革命体制下でハメネイ最高指導者が大統領、国会議長、司法権長という三権の長の上に君臨しており、大統領といえども最高指導者の意向には従わなければならない。服装規定や核開発の見直しを最高指導者は、「国民の要求に譲歩することは権威に傷が付く」と見なすだろうから簡単に同意するとは思われない。さらに最高指導者に直結している革命防衛隊が、改革派大統領を支持する国民のデモ等に対して無言の睨みを利かせている。 また、ヒズボラやフーシー派等のイランの代理勢力は革命防衛隊のコントロール下にあり、改革派政権を行き詰まらせるためにわざとこれらを使って米国等に対する挑発を激化させようとするかも知れない。さらに、11月の米大統領選挙でトランプ前大統領の復活の可能性が高まっているが、トランプ前政権時に米・イラン関係が著しく悪化したことを考えれば、トランプ前大統領が当選する場合は、米・イラン関係を改善して経済制裁が解除されるのは望み薄であろう。 しかし、近隣アラブ諸国では、任命制か選挙結果を政府がコントロールするのが当たり前であるのに対して、イランでは今回、候補者の資格審査段階では保守強硬派があからさまな介入を行ったが、投票自体は自由な投票が許されたのであり、この点ついてはイランを評価するべきであろう。
岡崎研究所