移民で恐怖を、物価で怒りを煽る…「いよトラ」迫る中、コメディアンの笑えないジョークが歴史を変える? ワシントンから記者解説
アメリカ大統領選、投票日まで1週間を切った。ハリス氏とトランプ氏の大接戦が繰り広げられているが、果たしてどちらが勝つのか? 現地の最新情報をANNワシントン支局の梶川支局長に聞いた。 【映像】ビヨンセがハリス氏の応援に登場 ━━現状、どちらが有利なのか? 「最新の世論調査をまとめた政治分析サイト『リアル・クリア・ポリティクス』の集計ではハリス氏が48.0%、トランプ氏が48.4%と互角の戦いとなっている。ただ、8~9月にずっと勢いづいていたハリス氏が10月に入って明らかに“失速”している。さらに7つの激戦州に絞った世論調査の集計においては統計上の誤差の範囲内ではあるが、トランプ氏がミシガン州を除いた6つの州でリードしている。ハリス氏がリードしていた州もあったが勢いが止まって逆転された」 「ハリス氏は嫌なムードを打開しようと、先週は人気歌手のビヨンセさんを集会に招いたり、オバマ元大統領のミシェル夫人と一緒に登壇して支持を訴えた。ただ、スター頼みは焦りの裏返しでもある。国民の多くにとってハリス氏は、トランプ氏ほどは知られていない存在だったため、当初は新鮮さもあって好意的に受け止められた。ただ、テレビ番組でバイデン氏との違いを聞かれて『思いつかない』と答えてせっかくの刷新感を打ち消してみたり、集会での“アドリブ”の弱さが印象を悪くした可能性がある。こうした部分をトランプ陣営は巨額の広告費を使ってネガティブキャンペーンによるCMでハリス氏の失態を繰り返し報じた」 ━━ハリス氏は残り1週間で巻き返すことができるのか? 「その意味で先日のワシントンの集会はハリス氏にとってまさに大一番の演説となった。陣営はハリス氏が検察官だったことにちなんで、演説を『Closing Argument』=『最終弁論』と銘打ちトランプ氏が民主主義にとっていかに危うい存在であり、『今回の選挙は自由を選ぶか混乱と分裂を選ぶかの選挙だ』と訴えた。最近のハリス氏はトランプ氏の大統領としての適格性を批判しつつ、『私は完璧ではない』とも述べ、意見の異なる人の声に耳を傾けるといった姿勢を示し、トランプ氏との違いを強調している。党大会以来の力強い演説だったとは思うが、果たしてこれが投票と結びつくのか、これは未知数だ」 ━━一方、トランプ氏はどんな選挙戦を続けているのか? 「一言で言えばハリス氏を批判し『自分の方がうまく政権運営できる』『アメリカを再び偉大な国にできる』とアピールしているが、最近では特に不法移民への攻撃など、発言のトーンは激しさを増している。例えば、ハイチやベネズエラといった特定の国から来た移民をひとくくりに犯罪者のようにみなす発言も散見される。また、政治的に対立する左派の人々を『内なる敵』と呼んで、軍隊による対応の必要性も示唆した」 「こうした発言は岩盤支持層には響くが無党派層にとって決してプラスではないが、お構いなしという感じだ。世論調査を見ると、トランプ氏の支持が安定している背景には、4年前の大統領選ではバイデン氏に大幅に遅れをとっていた黒人やヒスパニック系の間で支持が広がっていることが挙げられる。また、性別で見ると、男性はトランプ氏をより多く支持し、女性はハリス氏をより多く支持する傾向がかつてなくはっきりとしている。トランプ氏は選挙戦の最終盤で、特に若い男性の支持を集めようと躍起になっているように見える」 ━━今月、激戦州で両陣営を取材したそうだが、どんな印象を受けた? 「ペンシルベニア州のラトローブという田舎の小さな町で、トランプ氏が集会を開いたので訪れた。小さな空港に人を集めて、専用機で乗り付けるというお決まりのスタイルなのだが、3千人ほどの人が来ていた。ハリス氏が都市部で集会をすることが多いのに対して、トランプ氏は農村地帯を遊説先に選ぶことも多く、地上戦では共和党の地盤を固めているという印象を受ける。参加者は近隣に住む人がほとんどで家族連れも目立った。トランプ氏は1時間半近くにわたって演説したのだが、特に印象的だったのが、不法移民がいかに犯罪を増やしたか、映像も駆使しながらひたすら恐怖と怒りを煽っていたことだ。そして、インフレはバイデン・ハリスのせいだと決めつけ、『better off with Trump』=『トランプで暮らしがもっと良くなる』と訴えていた」 「参加した人に何に怒っているのかと聞くと『経済』『物価』と答える人が圧倒的に多く、『トランプ政権の方が暮らしは良かった』と。移民で恐怖、物価で怒りを煽り、副大統領であるハリス氏の責任に帰結させる戦略は、一定の効果を生んでいる」 ━━カマラ陣営は手に「カマラ」と書かれたボードを掲げ、沿道で人が手を振るアピールも行なっているというが。 「トランプ集会の会場から車で1時間ほど離れた街で、民主党の地域の活動家の人たちがハリス氏の支持を訴えていた。トランプ陣営は選挙運動をある程度は外注しているのに対して、民主党は地域の隅々まで生きたネットワークがあると実感した。地域の責任者に聞くと、候補者がバイデン氏からハリス氏に代わって、チームはかつてなく士気が高いとのこと。ただ、トランプ陣営が吹き込む『経済が悪い』というレッテルを覆すことに苦戦していて、『失業率も低く、レストランも満員。経済全体では良いはずなのに、なかなか伝わらない』とこぼしていた」 「近隣のスーパーでは卵1ダースが最も安いもので3.9ドル。日本円だと600円くらいするが、コロナ前と比べて2~3割は高くなった。インフレは鈍化しているが、いったん上がったモノの値段は下がりにくく、所得の低い人からすると、給料が上がったとしても、暮らしは厳しくなったと思えるのかもしれない。それが『ハリス氏は副大統領として3年半何をやっていたのか?』というトランプ氏の主張に説得力を持たせ、“失速”につながった可能性がある。副大統領として戦うことの難しさがあるのだ。となると、いよいよトランプ、『いよトラ』とも思えるのだが、実はそうでもない」 ━━「いよトラ」ではない? 最終盤、何が起きるのか? 「トランプ氏が27日に開いた集会で、前座を務めたコメディアンがカリブ海に浮かぶアメリカの自治領プエルトリコについて、『海の真ん中にゴミの島がある』と言い、さらにヒスパニックの人たちは『赤ちゃんを産むのが大好き』など差別的な発言をした。これの何が問題かというと、激戦州にプエルトリコ系の人がかなり住んでいて、この発言に相当怒っているのだ。特にペンシルベニア州には47万人が住んでいる。今回は大接戦。票がほんの少し動くだけで結果が変わりかねない。トランプ陣営は『本人の見解とは異なる』と火消しに走っているが、ハリス陣営はこれを格好の攻撃材料にしようとしている。残り1週間を切って、人々の投票行動が変化する余地は、ほとんどないと見られていたが、コメディアンの笑えないジョークが歴史を変える可能性がある。勝敗の行方は最後まで分からない」 (ABEMA/倍速ニュース)
ABEMA TIMES編集部