どこへ向かう メニューに“タピオカ漬け丼”“巨大コロッケ”…とがりまくる富士そばの向かう先は
トマトとツナをそばに合わせた「ガスパチョそば」、タイ料理のカオマンガイとそばを合わせた「カオマンガイセット」など、そば屋の中でも異色のメニュー展開を見せる名代 富士そば(以下、富士そば)。 「そ、そそられる……」金髪&ショートパンツにド派手な柄のセットアップ姿の沢尻エリカ そばチェーン店の人気ランキングでは常に上位を記録し、関東圏内に100店舗以上を構える大手企業だ。また大企業にもかかわらず、接客スタイル、調理マニュアル、メニューの構成をすべて店長の裁量に委ねるという自由度の高さも、たびたび話題になっている。群雄割拠の飲食業界において“攻めの姿勢”を貫くそば屋だ。 今回は、年間200食以上も富士そばを楽しむマニア・名嘉山さんに取材を敢行。ビジネス的な分析は他媒体に任せ、マニアから見た奇抜なメニューや、愛すべき富士そばの社風について聞いていこう。 ◆〇失敗させて育てる社風 富士そばといえば、冒頭で紹介した奇抜な店舗メニューが印象的。だがこれまでに、別業態の「つけ蕎麦 たったん」、サプリメント「富士ルチン」など新メニューに限らず多くの事業に挑戦している。 ただ、これらはほとんどが定着しないまま終わっており、ロングセラーとなる事業は多くない。それでも新しいことに挑戦し続けるのは、ダイタングループ(富士そばの親会社)の丹道夫会長の考えが反映されていると、名嘉山さんは語る。 「富士そばは“失敗させて育てる社風”。会長自身の経験から“成功例よりも失敗例から学ぶ”“ダメならすぐに撤退し、次の挑戦に生かす”といった姿勢が浸透しています。新メニューのりん議もあまり厳しくないみたいで、独創性を生かしたアイディアが生まれやすい、よい循環があるのだと思います」(名嘉山さん) ◆〇味も接客も大事。でも“面白さ”はもっと大事! そば屋といえば調理方法やつゆなど、伝統を重んじるイメージがあるかもしれない。だが富士そばは基本的に、店舗におけるさまざまな工程を、ほぼ店長に一任している。基本的なマニュアルはあるが、湯切りの回数・そばつゆの配合・接客方法もアレンジして構わない。 「競合との差別化も踏まえて、ある店舗ではお客さんが帰るときに“いってらっしゃいませ”と掛け声をかけたり、濃い目の味付けにしたり…。新メニューのアイディアはお店の個性も出ていて、なかには面白さを追求した一品もあります。“部活ノリ”みたいなメニューが多いんですよね(笑)」(名嘉山さん) “部活ノリ”とはどういうことなのか? ここで、名嘉山さんが印象的だったというメニューを2つ紹介しよう。 1つ目は、2019年に新宿三幸町店で販売されていた「ミニいくら風タピオカ漬け丼」。そのころ、世間で大流行していたタピオカをしょうゆタレに漬け込み、それをごはんの上に乗せいくら丼に見立てたメニュー。独特なのは、メニュー開発の動機だ。 これは当時、猫もしゃくしもタピオカ一色だった世間に対し「そんなにタピオカがいいならこれも食べるのか!?」という、店長のアンチテーゼとして生まれたそう。やがて見た目やアイディアの奇抜さが話題を呼び、1日200食をも売り上げる大ヒットメニューとなる。新メニューは通常1ヵ月程度で終了するそうだが、この商品は4ヵ月も販売が続けられた。その後、世間のタピオカブームが終息したところを見ると、ブームにとどめを刺したといっても過言ではない伝説の一品だ。 2つ目は、渋谷桜丘店で販売された「きつねのこめいり」。温玉カレーうどんに稲荷ずしを乗せただけのメニューだが、よーく名前を見てほしい。 … … … その通り。これは「きつねの嫁入り」のダジャレ商品だ。以上である。カレーとの相性? 酢飯の配合? そうではない。「きつねの嫁入りかよ!」と言われたかったのだ。それ以上でも以下でもない。 また同時期には「海のとじ丼」(手塚治虫のマンガ『海のトリトン』のダジャレ)も販売。面白メニューに挑戦する富士そばでも、ここまで悪ノリするのは珍しいという。 これらのメニューは、その店舗でしか食べられず、公式サイトで発信していないことがほとんど。自身で店舗を探す“お宝探し感”も、マニアに愛されるゆえんと言えるだろう。また、いまや定番ともいえる「かつ丼」も店舗限定からスタートした一品である。 新しい挑戦で顧客を飽きさせない取り組みをしつつ、しっかりとファンの声にも耳を傾ける。店舗を関東圏のみに絞っているのは、“手の届く範囲で自由さを追求させる”富士そばの戦略ともいえる。 「ファンとしては、面白いメニューを探し、ツッコんで楽しみたいんです(笑)。それを富士そば側もわかっているから、全社全店舗を挙げてふざけてくる。また、ヒットメニューは社内でも表彰されるそうです。アルバイトから始まって店長になり、独自のメニューで自店舗の名をあげていく…。そこにドラマを感じるんです」(名嘉山さん) ◆〇今後どうなる“富士そばらしさ” ただ、最近では富士そばの“攻めたメニュー”の勢いは落ち着いてきているそう。新型コロナウイルスの影響もあり原材料の高騰や人材不足のあおりを受け、インバウンド客を見込んだシンプルな高価格帯メニューが増えているようだ(「To be FUJISOBA Deluxe」と称する高品質メニュー)。 「奇想天外なメニューは面白いですが、オペレーションは複雑になる。いまの状況的に売上度外視の商品は生まれにくいので、しばらくは本社主導のメニュー開発が進むかもしれませんね。珍しいそばが少なくなるのは寂しいですが、試作段階の巨大コロッケそばが最近SNSで話題になるなど、らしさが無くなったわけではありません。富士そばが紡いできたドラマが途絶えないよう、ファンとしても見守りたいです」(名嘉山さん) 常識を超えた取り組みと、店舗主導の独自路線で世間を驚かせてきた富士そば。インバウンド客が増えればその分、また新しいアイディアも生まれてくるだろう。食のエンタメを追求してきた彼らの挑戦に、今後も目が離せない。 取材・文:FM中西
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