鍵(11月18日)
フランスの啓蒙[けいもう]思想家ルソーには盗癖があった。青年期、リンゴやリボンを盗んだ。没後に出版された「告白」で明かしている▼欧州はかつて、多発する窃盗事件に悩まされていたという。防御の鍵が発達し、中世に先端部分が凹凸のウオード錠が普及した。より強固なタンブラー錠も登場する。鍵穴の内部に板状の障害物があり、正規の鍵でなければ開け閉めできない。以降も不断の改良を重ねられた▼現代日本の賊は悪知恵を総動員して倉庫に侵入する。コメや果物の盗難が各地で相次ぐ。警察庁によると、被害はここ最近、年間2千件を超える。収穫を終えた農家は、気が休まる暇もないだろう。「令和のコメ騒動」の今秋はとりわけ、出荷前の玄米が狙われている。県内でも、白河市や中島村で大量に盗まれた。センサーや防犯カメラといった高性能の防犯器具でも容易に防げない。対策は、新たな技術開発と犯行集団とのいたちごっこの様相を呈している▼愚行を繰り返した、かの思想家は生涯、良心の呵責[かしゃく]にさいなまれた。贖罪[しょくざい]のためなら〈喜んで自分の血のすべてを与えたかもしれない〉とつづった。罪人の蒙を啓[ひら]き、改心の扉を開ける「鍵」はないものか。<2024・11・18>