ウズベキスタン鉄道の旅 シルクロード特急で味わう果実 <門井慶喜の史々周国>
車内販売である。私もひとつ買おうとしたら、長男が、「食堂車があるよ」と教えてくれた。こいつはいい。食堂車なんて日本の定期列車からは消えて久しい風流じゃないか。ちょうど次男と三男も目がさめたので、みんなでぞろぞろ行ってみた。
テーブル席に座を占める。テーブルの上には赤いばらの花かご。メニューを見るとお茶やコーラなど、ひととおりの飲みものに加えて(アルコール類は置いていない)、サンドイッチなどの軽食がある。私と妻は飲みものを注文し、息子たちはポテトチップスを注文した。車両のすみにカウンター式の売店があるので、行ってみると、透明なプラスチックのカップに、りんご、なし、ぶどう等の生のフルーツを切って入れたものが置いてある。
男性の店員に、「ひとつください」と言ってお金を払ったら、「席まで持って行く」。
私は、手ぶらでテーブルに戻った。ところがこれが持って来ないのである。私はすっかり飲みものを飲んでしまって、内心いろいろ考えだした。ウズベク人は忘れっぽいのか。仕事嫌いなのか。それとも近代的なサービスの概念が乏しいのか。
しびれを切らして、ふたたび立って聞きに行ったら、「新しいのを切って持って行ってあげる。いま切ったところだ」。
このやりとりも、もちろん長男のウズベク語の通訳を介しておこなったのである。席に戻って、ほどなくして彼はフルーツのカップを持って来た。見た目はさっきのものと変わらないけれど、りんごを一きれ口に入れたら、声が出るほどおいしい。
すっぱさと甘さに何オクターブもの音程の幅がある上に、かすかな苦みまで感じられる。何より切りたてのみずみずしさ。これはどうも失礼しました。相変わらず砂漠に近い車窓の風景を眺めつつ、私はころっと気が弾んだのである。サマルカンドに着いたのは一二時二四分、乗車時間は約三時間半。定刻どおりの運行だった。