認知科学の永遠の課題。心の世界と現実世界はどう繋がる?
なぜある人にとっては何の変哲もないモノが、別のある人には感情を揺さぶる特別な存在になるのか。こうした問題に答えるのが「プロジェクション」の科学だ。世界を見る時、私たちは心で生成されるイメージを現実の存在に投射し、重ね合わせている。この「プロジェクション」の概念が、今、心をめぐる謎を解き明かしつつある――。最新の研究から人間の本質に迫る知的興奮の一冊、鈴木宏昭さんと川合伸幸さんの共著『心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学』より一部を抜粋して紹介します。
認知科学のカギは身体にある(鈴木)
今ではこうした認知科学に身体を持ち込む考えが主流である。この流れは、認知科学の隣接分野である情報科学においてもロボティクスの隆盛という形で姿を現し、2000年以降に爆発的な発展を遂げた。 ロボットは身体を持ち、その身体を用いてさまざまな行為を世界の中で行う。そしてその結果変化した世界は新たな情報をロボットに与えてくれる。 また、身体を持つのは人間だけではない。動物も身体、行為を通して世界と相互作用しながら生活を営んでいる。その意味で動物と人間にも多くの類似性があるはずである。こうした視点から動物が用いる認知や学習のメカニズムが、いわゆる人間的な知性の中にも存在するのではないかという考えも広まった。そのアプローチで研究するのが比較認知科学である。 こうしたアプローチが、人の知性の研究に多くの所産をもたらしたことに疑問の余地はない。しかしこれだけで心と世界の一体化が解明されたとはいえない。以下にその理由を四つほど挙げる。
①体感が身体を離れない
身体性認知科学は経験の意味を身体と関連づけ、豊かな体感が生み出される仕組みを明らかにした。 しかしそれらはまだ主体の中にとどまっており、現実世界とのつながりは欠けたままである。一方、人間は豊かな体感を体験するだけでなく、それを世界の特定の場所に位置づけ、意味に溢れた世界で知覚、行為を行っている。つまり意味は身体の中にとどまるのではなく、物理的な外の世界に構築されるはずである。 おいしそうな食べ物、素敵な人、荘厳な風景は、そう感じられているだけではなく、世界の中に実在しているのだ。この仕組みについて身体性認知科学は明確な答えをまだ持っていない。