『君が心をくれたから』雨が恋ランタンに記した切ない想い 周囲の登場人物たちにも動きが
“奇跡”のためにひとつめの感覚――味覚を失うことになった雨(永野芽郁)。ひとつ奪われた次の日の深夜0時に、次に失うのがどの感覚なのかがわかる。11日後の午後9時に彼女が失うのは嗅覚。視覚や聴覚ではなかったことに、思わず「よかったぁ」とつぶやき安堵の表情を見せた雨に、日下は告げる。「嗅覚に匂いを感じるだけではない、もっと大切な意味がある」。 【写真】太陽(山田裕貴)と話す雨(永野芽郁) 1月22日に放送された『君が心をくれたから』(フジテレビ系)第3話。まずもって言えることは、毎話ごとにひとつずつ感覚を失っていくわけではないとわかり少しだけ安心したということであり、今回は先述の日下の言葉が示す真意、すなわち嗅覚が持つ「大切な意味」と、嗅覚だけでない人間の感覚の必要性を改めて紐解いていくエピソードとなった。 “プルースト効果”。劇中で司(白洲迅)が説明する通り、マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』に登場した、嗅覚を通して過去の記憶を呼び覚ます描写に由来したこの現象が、この第3話の重要なキーワードとなる。雨は街を歩いていて、すれ違った人が持っていたクレープの匂いから、高校時代の帰り道に太陽(山田裕貴)が食べ歩きをしていたクレープを制服につけてしまった時の思い出にたどり着く。匂いをきっかけに思い出が蘇る。これから嗅覚を失う雨にとっては、それでも消えない思い出があったとしても、やはり残酷なものである。 同時に、嗅覚以外の描写にもそれに紐づいた思い出が呼び起こされていくのもまた、なんとも居た堪れない部分だ。高校時代、なかなか握れずにいた太陽の手。高校のランタンフェスティバルの準備の夜に、疲れて教室で寝てしまった太陽に寄り添い、そっと指を重ねた時の感触。手を繋げずにいた二人の、夕陽に照らされた影だけがその想いを代わりに果たす切なさ。さらにアルバイトに訪れた結婚式での新郎新婦のスピーチから、すでに失った味覚、これから失っていく視覚と聴覚と“幸せ”のイメージが紐づけられる。その前夜まで高校時代に“恋ランタン”に記した想いが成就するかもと浮かれ気分でいた雨が、急激に打ちのめされてしまうのも仕方あるまい。 太陽に想いを告げられるものの、太陽が自分と一緒では幸せになれないと考え、「他に好きな人がいる」と嘘をつく。その直前、太陽は自分の持っている色覚異常のために雨と同じ景色を分かち合えない、夕陽が綺麗に見えない悔しさがあったことを語る。高校時代からずっとそれを抱えてきた太陽と、高校時代の自分の願い事を果たすことができない雨。二人はどちらも“悔しい”という感情で形容するが、その悔しさはおそらく付合しない。どのようなかたちであっても呼び起こされた思い出には、五感だけでは収めきれないいくつもの感情が伴うものである。 それにしても、太陽と病院で偶然遭遇し、自分が脊髄のがんで余命がいくばくもないことを明かす雪乃(余貴美子)に、雨から五感を失っていくことを知らされて抱き寄せる司、雨の悩み苦しむ姿に手を差し伸べようとする千秋(松本若菜)。周囲の登場人物たちにたしかな動きが見え始める。言うまでもなく雪乃のそれは、また違う苦しみを雨に与えるものかもしれない。それでも少なくとも、雨のために何かできないかと模索しようとする千秋の存在は、ただ雨が多くを失っていくのを待つだけではないという、希望の光になりうるのかもしれない。
久保田和馬