「たくさんの悩みと葛藤を抱える“誰かのファン”に観てほしい」『成功したオタク』オ・セヨン監督が語る“推し”への向き合い方
“ある日、「推し」が犯罪者になった”。推し活をしている者なら想像しただけで震えるショッキングなキャッチコピーで注目を集めている映画『成功したオタク』(3月30日公開)。あるK-POPスターの熱狂的ファンで、“推し”に認知されテレビで共演も果たし、まさに誰もが認める「成功したオタク」だったオ・セヨン監督。しかし、推しが性加害で逮捕されたことにより、事態は一変。突然「犯罪者のファン」となってしまったセヨン監督は葛藤しながらも、同じような経験をした友人たちへ会いに行き、カメラを回した。この作品は、推しがいる人なら誰もが共感でき、推し活について深く考えさせられるドキュメンタリー映画だ。なぜ彼女は自身のつらい経験を映画にしたのか、語ってもらった。 【写真を見る】推しへの気持ちをつづった日記を読み返すオ・セヨン監督 ■「推し活の影の部分を率直に話してくれそうな人を探したら、全部自分の友達を選ぶこととなりました」 「推しだったチョン・ジュニョン氏の事件が初めて発覚した時、私は彼のファンだったので、この際映画を撮ろうと思いました。『おもしろそうだから撮ろう』と思ったわけではなく、私は彼のファンとしてテレビ番組でも何度か彼と共演した『成功したオタク』だったので、友達から『この物語を映画にしたら?』と誘いを受けたんです。悩みましたが、何度も誘いを受けるうちに、この事件以降にまだ残っているファンと、離れたファンがいることに興味を感じ、映画を撮ろうと思いました」 映画には、セヨン監督と同じように推しが犯罪者となった経験をした女性たちが何人も登場する。同じような経験をした彼女たちだが、突然犯罪者となった推しへの想いや心情は、様々だ。そんな彼女たちのインタビューは、「もし自分の推しが犯罪者になったら、私はどう思うのだろう?どう行動するだろう?」と、思わず考えさせられる。 「映画に出てくる女性たちは、私が元々知り合いだったり、一緒に仕事をしていた友達です。この映画を撮りながらたくさんの人にインタビューしなくてはいけなかったので、カメラの前で率直な意見を聞かせてくれる、推し活の影の部分を率直に話してくれそうな人を探したら、全部自分の友達を選ぶこととなりました」 また、作中にはセヨン監督の友人だけでなく、ジュニョン氏の性犯罪について記事を書いたことで彼のファンからバッシングを受けてしまうこととなった記者も登場する。「記者さんに会ったことは、この映画を撮っているなかで一番印象的でした。チョン・ジュニョンが性犯罪関連で報道された時に、記事を書いていた記者の方なんですけど、その方に連絡するのはとっても勇気がいりました。映画を撮ると決めて1年ぐらい経ってから、やっと連絡したほどです。でも、実際にお会いしたら、私が慰められるようなことをたくさん話してくださいました。ファンダム(熱心なファン集団のこと)から攻撃をされた立場にも関わらず、私たちを心配してくださったんです。映画が完成したあとも個人的に連絡をくださって、『人生の一つのチャプターを、うまく締めくくってくれてありがとう』と言ってくださいました。いまでも人生の先輩として、とてもありがたい存在です」 ■「推しと共に過ごした時間のすべてが幸せだったと思います」 今作のすばらしいところは、決してネガティブでつらい、悲しいファンの心情ばかりを描いているわけではない部分だ。犯罪を犯してしまった推しに対して、もちろん怒りや悲しみはあるが、ファンは推し活をすることでたくさんの幸せも感じてきた。とくにセヨン監督は推しから認知もされていた「成功したオタク」。セヨン監督が友人と、ジュニョン氏のグッズや直筆メッセージを手に取りながら、推し活の思い出を語るシーンはとても印象的だ。セヨン監督に、ジュニョン氏を推していて一番幸せだった瞬間について聞くと、「もし映画を撮る前にこの質問をされたなら、『もうすべてが恥ずかしい』って答えてそうですが…」と笑った。 「でも映画を撮り終わり、いま考えてみると、彼と共に過ごした時間のすべてが幸せだったと思います。映画にも出てきますが、韓国の伝統衣装を着て出演した番組があったんです。その後、サイン入りCDと彼からの直筆メッセージが宅配便で届きました。メッセージについても映画の中で話していますが、その内容に感動したんです。とても美しいファンとスターの関係のように思えました」と振り返る。 ■「いまの自分がいるのは推し活の時間があったからと認めることができるようになった」 セヨン監督は、ジュニョン氏の裁判にも実際に足を運んでいる。「最初はドキュメンタリー映画を作るにあたって情報を集めなくてはいけないと思い、行こうと思ったんです。でも、韓国ではそういう裁判は撮影や録音が不可能なんですよ。一人で参加したんですけど、裁判を見ているのはとてもつらかったです。これまでは目の前に舞台があって、舞台の上には歌っている彼がいて、観客席には自分がいましたが、裁判での姿もそれとたいして変わりがなくて。舞台じゃないですけど裁判所の上にいる彼と、それを傍聴席から見ている自分という、“彼を見ている私”という立場は一緒なのに、状況がまったく違うことが衝撃的でした」 また、映画を撮る前と撮ったあとでは、気持ちに大きな変化があったと続ける。「撮り始める前は怒りに満ちていて、『私の時間を返せ!』という悔しさと、『私がこれだけ頑張ったのに、こういう返し方をするんだ』という気持ちがありました。だけど、同じような経験をした友人たちへのインタビューを10人ぐらいしていくうちに、たくさんのことを学びました。いまでは、私が彼を好きだった時間は否定できないし、いまの自分がいるのはその時間があったからと認めることができるようになりました」 「韓国で公開された時は、とても熱い反応がありました!」と、セヨン監督は笑顔で話してくれた。「この物語が映画となり、いろんなところで上映されて、テレビなど様々なメディアで扱われたことで、たくさんの方に知ってもらえることができたんです。とくに、『私も同じような気持ちを経験しました』という反応が多かったです。また、この映画自体が、私という人物になぜか親近感を持たせてくれたようでした。映画祭を回る期間が1年ほどあって、観客の皆さんとお会いする機会が多かったんですけど、まるで自分が“推し活の博士”のように扱われて(笑)。『うちのオッパ(女性が年上の男性を呼ぶ時に使う言葉)がこんなことをしたんですけど、どうすればいいですか?』のような相談をされたことも、印象に残っています。また、当時一緒に彼の推し活をしていた人たちからも個人的にたくさん連絡がきました。『私たちは以前同じ人が好きでしたね。私たちの話をしてくれてとってもうれしい』と、私のInstagramにDMを送ってきてくれたんです」 この作品を公開したことで、多くのアイドルファンから “推し活の博士”として慕われることとなったセヨン監督。現在は新しい“推し”がいるのかどうかを聞くと、「映画を作っている間もいろんなオッパが私を通りすぎたわけですけども…(笑)」と明かす。「でも前と違うことは、100%純粋な気持ちでは好きになれないですね。『この人もちょっとなにかあるんじゃないか?』と疑ってしまう自分がいます。なので、『お金は使わないでおこう』『グッズは買わないでおこう』という自分だけのささやかなルールを作りました。誰かを好きになったとしても、『いま私が見ているのは彼のすべてじゃない、一部にすぎない』と自分に言い聞かせています」と本作を製作したあとの推し活への気持ちの変化を語ってくれた。 BTSに続き次々と新しいグループが全米チャートでランクインを果たすなど、K-POPの世界的な人気は現在も拡大し続けている。K-POPや韓国文化が世界的に人気を博していることについては、セヨン監督はどのように感じているのだろうか。「なぜでしょうね?私もよくわからないです(笑)。でもK-POPは、ストーリーテリングがうまいと思っています。歌だけではなく、そのグループがデビューするまでのすべての過程やストーリーが、海外のファンをもっと魅了させているのではないでしょうか。そしてファン達が、彼のキャリアの旅路に一緒に参加したいと思わせることが、人気の秘訣なんだと思います」 インタビューの最後、セヨン監督は公開を楽しみに待っている日本の方々へ素敵なメッセージを贈ってくれた。「“誰かのファン”として生きていると、たくさんの悩みと葛藤にぶつかることがあります。でも、実際にそういう気持ちを周りから理解してもらえないケースも少なくないです。だからこそ、ファンの立場で、ファンの物語を伝える映画を作りたかったんです。日本にいる“誰かのファン”であるあなたにも、ぜひこの映画を観ていただきたいと思います!(愛嬌たっぷりに)よろしくお願いします~!」 取材・文/紺野真利子