大重わたるがロンドンに渡った日本人役者の皆さんに話を聞きました!
イギリス・ロンドンで舞台「千と千尋の神隠しSpirited Away」(以下「千と千尋の神隠し」)に出演していた夜ふかしの会のメンバー・大重わたる。このコラムでは彼が、初渡英での体験を観劇レポートと熱意あふれるインタビューで届けている。最終回は大重が、日本を飛び出し、現地で俳優活動をしている4人に話を聞いた。 【画像】市川洋二郎(他10件) ■ 最後のコラムになります。第4回は“ロンドンで活躍する日本人役者さん”企画! 舞台「千と千尋の神隠し」に出演のため4カ月、イギリス・ロンドンに滞在する中でご縁があって、出会えた4名の方にお話を聞かせていただきました。 2022・2023年の「となりのトトロ」に出演した中トトロ役市川洋二郎さん、お父さん役の田渕大さん、そして舞台「コーラスライン」や「となりのトトロ」初演にも出演していた中野加奈子さん、舞台「キャバレー」でダンサーとして出演している山口恵奈さん。3人に日本とイギリスの演劇の違いや、舞台に立つまでのプロセス、イギリス演劇の魅力などを座談会で語っていただきました。今回は、舞台芸術に携わっている方に読んでいただきたい内容になっています。 とても貴重なインタビューになりました! 本当は4名の方の声を余すところなく皆様にお届けしたいのですが、今回は文字数に制約があり、すべてを載せるのが難しいのでその中でも特に気になった言葉を抜粋してお送りします。必ず、大重わたるのnoteかブログにて皆様の言葉を載せます。どうぞ最後まで読んでいただけたらうれしいです!! ■ 紆余曲折を経て、イギリスに巡り合った者たち ──まずは、イギリスに活動の場を選んだ理由を教えてください! 田渕大 高校時代にイギリスに留学経験がありました。ずっと演劇をやりたいと思っていて、帰国後、大学でミュージカルサークルに入りました。4年間をミュージカルサークルで過ごし、でもやっぱり演劇をやりたいと思ってワークショップを受けたり、劇団の公演にも出させてもらったりしました。ちゃんとしたトレーニングを受けるにあたって日本で感じたのは「それぞれの劇団にはそれぞれのスタイルがあり、それはそれで素晴らしく、魅力的。でも、もし1カ所に入ってしまったら果たして、他劇団の公演に出演したときに所属劇団以外の演劇的な共通言語はあるのか」ということ。そこでもう一度イギリスの舞台界はどうなんだろうと気になり、たまたまOxford Stage Companyという劇団が日本でWSをやったときに、イギリスにはドラマスクールというのがあって、「さまざまな芝居のスタイルを学ぶことができ、教えるプロもいる」と聞いて、卒業後にロンドンにあるスクールを回って、Rose Bruford College (ローズ・ブラフォード・カレッジ)に入学しました。 中野加奈子 イギリスには子供の頃から縁があり、父が料理人でイギリスで少し働いていたので、1歳になってすぐロンドンに来て、3歳になる前には日本へ戻りました。バレエは7歳の頃から始めて、中学校3年間は新体操もやり、表現することが楽しいと気付き、「ミュージカルをやりたい」と思ったのが15歳の頃。最初は劇団四季を目指そうと思ったのですが、いろいろな方と話している間に「やっぱり演劇だったらロンドンじゃない?」と思い始めて。家族でお世話になっている知人がロンドンにいたので、高校2年生の夏休みにSidmouth(シドマス)というイギリスの田舎に英語研修をしに2週間、あと1週間はロンドンでArtsEd、Mountview、London Studio Centreという3つの学校を見学に行ったんです。それが1996年で、ミュージカルがすごく活気がある頃でした。その時に私と同じ年齢くらいの子たちがダンスクラスを受けているところを目の当たりにして、「ここで学びたい!」と思って。あの子たちの熱い眼差しとトレーニング方法にかなり魅了されて、ロンドンで刺激を受け、とにかくすぐ始めたくて帰国後、成田空港で「またロンドンに戻りたい」と親に言ったらかなり度肝を抜かれたようでしたが、半年経っても私の意思は強く。まだ十代だった娘を信じ、勇気を持ってサポートして渡英させてくれた両親には感謝しかありません。 市川洋二郎 小さい頃から芝居が好きで、高校に演劇部がなかったので、自分の金で、月1で芝居を観に行くという珍しい高校生でした。「大学に入ったら芝居をやるぞ」と思っていたんですが、高校3年生のときに椎間板ヘルニアをやり、歩けなくなってしまって。そのとき、世の不条理みたいなものを感じ、「人生楽しんだもの勝ちなんだな」と実感して。大学に入ったら、自分の好きなことをやろうという気持ちがさらに強くなったんです。両親は、高度経済成長期の、学歴至上主義の価値観で生きてきた人たちだったので、彼らの中での私のストーリーをきっちり終わらせなきゃなと思って、大学受験はきっちりやって大学に入りました。それで、「ここからは好きに生きさせていただきます」と切り替えたんですね。大学にはミュージカル劇団がなかったので、自分で劇団を作りました。小学生のときに翻訳を始めていたから、自分の観点での翻訳でミュージカルを上演するということをやりたかったんです。最初は自分が出演しながら演出もしていたんですが、途中からは演出に集中するようになって、大学後は音楽座に入りました。 音楽座に入って半年間お世話になったのですが、劇団四季の「ウィキッド」を観て衝撃を受けて、オーディションに参加しました。一度過去に受けたときは落ちてしまったのですが、今回はぽんぽんぽんと審査が進んで、浅利(慶太)先生の前で歌うところまで行って大失敗するんです。「もうだめだ」と思って控室で荷物を片付けていたら、別室に呼ばれ、演出部で入らせていただくことになって。2年間、浅利先生のそばで働かせていただき、勉強させていただいたことが、今でもとても役に立っています。2年間働いたあと、「日本の演劇はそれぞれの団体や演出家のスタイルに今ひとつ統一感がない」と感じ、「芝居とは何か」を海外で勉強したいなと思ってたんです。でもお金なんか全然ないから、自分の手には届かないだろうと思っていたんですが、いろいろな方が助けてくださって、文化庁の新進芸術家海外研修制度に通りました。 なぜロンドンを選んだのかという大きな答えの1つは、ロンドンという街は演劇が自分たちの国から生まれてきた文化であるという自負はありつつも、そこにしがみついているだけでは生き残っていけないということを理解しているから。大陸側から入ってくる前衛的な芝居の流れやアメリカから入ってくる商業的な流れ、そして東洋からの全然違う文化の文脈から生まれた演劇が混在していて、この街にいるだけでいろいろな舞台芸術が観られるんです。しかもその演劇が生活に根ざしているから、チケット代のレンジも広く、お金がない人でも舞台を観られる文化になっている。それが本当に素晴らしいなと思います。 ■ ジャンル、客席の雰囲気、稽古場…それぞれが感じる魅力とは ──イギリスの舞台界に感じる魅力を教えてください。 田渕 素敵だなと思うのは、テアトル・ド・コンプリシテ(サイモン・マクバーニー率いる世界中のパフォーマーが集結した団体)が出てきたとき、爆発的な人気を得たと同時にたたかれたんです。コンプリシテというのは、フランスのジャック・ルコックの系統を受け継いで、そこから彼らが開発した、どちらかというと“フィジカルシアター”のジャンルに入る団体。これまでの保守的なシェイクスピアシアターみたいなアクティングメソッドからは逸脱した、とても“大陸の香り”がするものが、イギリス演劇に殴り込んできたという印象でした。役者も、イギリス人だけじゃなくいろいろな人種が集まるダイバーシティがあるカンパニーで。彼らの芸術がたたかれたり、評価されたり、必ず対極には何かの意見が出てくる中で、イギリス演劇の懐の深さが年月をかけて築かれてきたことを感じました。この前、テアトル・ド・コンプリシテの「Mnemonic」という25年前に僕が観た作品が、ナショナルシアターで上演されました。当時も賛否両論ある作品でしたが、それを今、もう一度再演する。しかもオリジナルキャストも何人かいたりしたんです。キャリアを築き上げたマクバーニーが、今なぜ「Mnemonic」をやりたかったのかということに興味もあるし、それができる土壌の懐の深さを感じます。 中野 もちろんどんなショーかにもよるんですけど、イギリスのお客さんは正直でオープンで、特に「プリシラ」のような“パーティ系”は、本当に盛り上がるんです。周りのことをわきまえずに楽しみすぎる人もいますが、“良かった”という気持ちを表現してくれるので、エネルギーを感じます。今出演している「コーラスライン」でも、舞台の最後のほうになると、お客さんが応援してくれている空気感が伝わるし、楽しんでいる顔がステージ上から見えたりするとこっちもがんばりたくなる。そういう気持ちの良いエネルギーの交換ができます。静かなシーンでは本気で寝ている人とかもいますけど(笑)。そういうところも面白いですね。 市川 僕はやっぱり稽古場の空気が好きですね。イギリスって“みんなでつくる”ことが大前提にある感じがして、稽古場に一歩入れば、演出家というリーダーの存在はあるけど、みんなが同じ目線に立って良いものをつくろうとしているので、いつも素敵だなって思う。“演劇とはこういうものである”とか“セリフで伝えるとはこういうことである”という共通認識がある程度あって、余計なことを考えずに集中できる環境が整っていると思います。また、そういう演劇の面白さ、素晴らしさを改めて問いたださなくても、やる側もお客さんも文化として理解しているんだなと感じさせられます。 ■ “目的地”は明確に、行動に移せる勇気を持つことが大事 ──これからイギリスで活動したいと思われている方にどんなメッセージを伝えたいですか? 中野 自分に合う、合わないは人それぞれ。これをやりたいという思いがあったら、人は動くと思うんです。チャンスがあったとして、後でもいいやとかいつかやろうと思ったとしても、再びまったく同じチャンスはそうそう来ないんです。だから、踏み出すことが怖かったとしても、とにかく行動に移してほしいなと思います。 市川 意志があるところに道が通じるんですよね。僕もどうなるかなと思うこともあったけど、どうしてもやりたい、どうしてもこうなりたいという強い意志を持って進んでいくと、思いがけないところで違う道が拓けたり、違う世界が見えたりしました。でも、それはやってみないとわからないことだし、人生は一回きり。いろいろな不安要素はあると思います。今は日本の中でまかなうことができるので、全然違う環境に飛び出していくのはすごく勇気のいることだと思うんです。実際に大さんも、加奈子さんも、僕もそうなんだけど、幼い頃に国外にいた経験があったから、怖がらずに飛び出せた部分はあるかもしれません。 僕が現場に入って初めて仕事をして思ったのは、「イギリスの客が 日本人に期待することは確実にある」 ということ。 僕はその逆を行っていて、イギリス人に溶け込もうとしてた時期があったんです。何が言いたいかというと、自分が持っているもので闘える場面って実はたくさんあって。外に出るとディスアドバンテージに感じることも、「1人の人間として、どういうふうに自国以外に発信していけるか」ということを、これからの人たちには考えてほしいなと思います。外にいるからこそ日本の美しさや日本人の持っているものの素晴らしさがわかると思いますしね。 田渕 僕が思うのは、イギリス演劇という大きな枠組みの中にはいろいろなものがあって、それらをつまみ食いする中で見えてくるモノってたくさんある。それって自分自身の人間性もそうで、まったく違う環境に身を置いたり、新しいものに出会おうとしたりする中で、自分の新しい部分を見つけていくんです。人生は一度きりだから、自分の可能性を見いだしてみるために、自分の視点や世界を広げることはいいことだと思います。 市川 けれども、なぜイギリスを選んだのかということは明確にしないと、現状から逃避してるだけになってしまいます。お客さんが日本人の俳優に期待することも含めて、滞在している間は日本人というものを、これでもかと多角的に肌で感じるチャンス。そうするとなぜイギリスなのか、イギリスじゃないのかという目的意識が見えてくるんじゃないかと思います。 中野 カーナビと同じで、目的地を入れなかったら矢印は動かない。「これは違ったな」と感じたときは新たな目的地が生まれるだろうし、その目的地がはっきりしていたほうがいいとは思いますね。挑戦して、やっていく中で見極めることが大切なんだなと。目的地がどんどん変わっていくことも楽しいですよね。 最後に、現在ロンドンで上演されているミュージカル「キャバレー」に出演中の日本人ダンサーの山口恵奈さんにもお話を聞きました!! 山口さんは、田渕さん、中野さん、市川さんとはまた別日にインタビューさせていただきました。 ──「キャバレー」に出演するまでの経緯を教えてください!! ロンドンで、The Dark Horse Agencyというエージェントに所属していて、そこからオーディションをもらって合格しました。WS形式の3時間くらいのダンスオーディションでした。ダンスだけでいろいろなタスクをインプロ形式でやりました。基本的に即興でダンスを踊る形でしたが、「キャバレー」で実際にやる振付も覚えて、その場で実技もありました。第二次審査はなく、どれだけの数のグループオーディションがあったかわからないんですが、即決定でした。 ──日本とイギリスの演劇の違いを教えてください。 出演者は疑問に思ったことに対しては、「なんで?」ときちんと意見を言います。あとは整体を無料で予約してもらえるし、ジムと劇場が契約しているので、ジムの使用料をディスカウントしてもらえたり、レストランとも契約してるので、カンパニー割引チケットで安くご飯が食べられたりします。ユニークなこととしては、「キャバレー」のシアター全体のトイレ、そして、プロローグの楽屋が、ジェンダーニュートラルであること。ダンサーとミュージシャンで部屋が分かれているだけです。もちろん事前に確認がありました。最近ではLGBTQ+のことがより理解され、尊重されており、分かれている場合は、ノンバイナリーのキャストには事前にどちらの楽屋がいいかと聞かれていたようです。それが普通になっていったらいいなと思います。みんなの意見を聞く事が大事だと思いますし、日本でもより理解され、尊重されるようになったらと思います。 ■ 自分のことを一番好きでいられる方法で、“not that deep”のマインドを持って ──日本で、これから舞台に立ちたいと思っている方へ何か伝えたいことはありますか? 好きだと思うこと、自分を信じることが大事ではないでしょうか。舞台は、好きじゃないとできない世界でもあるし、パッションがあるから続けられる世界でもある。失敗することも楽しめたらいいなと思います。日本だと、失敗しちゃいけないとか、がんばるのが良いことだとか考えてしまいがちですが、がんばらないときに見つかる自分もいるし、好きだから常にがんばるのではなくて、違う方向から自分を見ることも大事。失敗から学ぶこともあるし、好きだったらそのパワーで突っ切ることができます。私の英語が伸びたのは、言いたいこと言いたいのに、伝わらないときの悔しさがパワーになったから。そのとき失敗しても、恥ずかしいのは自分だけで、周りはあまり気にしてないんだってわかりました(笑)。 「1つのことをやり通すのが大事、がんばることがすべて」となりがちですが、風邪を引いたら休んで、自分の身体を一番に考えてほしい。イギリスの子って試験前とかは早く寝るんですよ。脳を休めないといけないからって。朝まで詰め込んで勉強したりしないんです。物事を違う方角から見ることって大事だなと思います。 私がこちらで学んだことは、自分が一番好きでいられる方法を見つけながらやっていったほうがいいということ、自分に正直になること。私の周りには、辞めたいと思ったときに一度立ち止まって、考えて、実際にキャリアを変えた人もいます。でもそれは失敗ではないし、好きでいる間は好きでいて、その変化を楽しめばいいのではないかなと。オーディションも競争ではなく、人間同士のやり取り。その振付家と合うかとか、演出家と合わないとかっていうことも起こりうると最近は思っています。ロングラン公演では「not that deep(そんなに重要じゃない)」 とみんなで言っていて、それは「失敗してもいいじゃんと」いうマインドなんです。また、新しいことを常に探そうとしています。常にフレッシュでいるために共演者同士で話をしたり、ゲームしたり、最後のマチネではオーディエンスにわからない程度に変顔をしたり、衣裳を少し変えてみたりしました。真面目真面目でやるよりもそのくらいのマインドでやればいいのかなって。ライバルではなく、お互いから学び合うチームだったのも好きでした。 最後まで読んでいただきましてありがとうございました! 拡大版ロングインタビューはいかがでしたでしょうか? 田渕大さん、中野加奈子さん、市川洋二郎さん、山口恵奈さん。とても貴重なインタビューでした。ロンドンで生きてゆくということは、とても大変で、しかもロンドンの舞台で活躍するということ、ウエストエンドで役者として、ダンサーとして生きるには、生半可な気持ちではいられません。文化も違えば、偏見や差別も未だにあります。でもその中で、表現者として生きていく。インタビューで語られる言葉の裏から、気迫と覚悟を感じました。皆さんの言葉を聞いていて、これは僕だけではなく、表現をする人全員に伝えてゆくべきだと感じました。“役者”として生きるには、僕は素晴らしい機会に巡り合い、たまたま演劇活動ができていますが、これからどういうふうに生きていくかはまったくわかりません。しかし日本人としてロンドンの舞台で生きる皆さんの姿に、僕の今後の人生はとても影響されると思いました。4カ月で、ウエストエンドという演劇の街でたくさんのミュージカルや、演劇に触れることができました。そして素晴らしい役者さんとも知り合えました。こうして文章を書かせていただき、そして演劇を見つめ考える機会ができました。この4回にわたるコラムは一生の宝物になると思います。読者の皆様、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました! ■ 大重わたる 1982年、東京都生まれ。コントユニット・夜ふかしの会のメンバー。2010年R-1グランプリ準決勝進出、2012年キングオブコントファイナリスト。野田秀樹が立ち上げた東京演劇道場に参加。自身が主宰する大重組を旗揚げ、2023年に野原高原の名で構成を手がけた「昔、喰べた花」を上演した。舞台「千と千尋の神隠しSpirited Away」には2022年の初演より出演。そのほかの出演作に、舞台「モノノ怪~化猫~」など。11月27日よりかみむら文庫「御社のチャラ男」に出演する。