行政法学で見る「AIの現在地」~規制と利活用の両面から
◇安全と利便性のバランスがとれた法整備を このように、AIの規制についてさまざまな論点が存在する一方で、同時進行的に「行政によるAIの利活用」が進んでいます。少子高齢化により労働力に制約がかかるなか、国や自治体において自動化・省人化は必須です。 すでに一部自治体で導入されている利活用例としては、「AIによる保育所マッチング」が挙げられます。保育園に入園を希望する膨大な応募者の選考や割り振り、さまざまな希望条件の整理など、これまで自治体職員らが人力で行ってきたサービスについてAIを利用することで、大幅な時間短縮に成功した事例が複数あります。 他方で、行政法の観点からは、行政による保育所入所不承諾決定をめぐる議論があります。つまり、役所からの「希望の保育園への入園はできません」という通知に対して、応募者の不服があった場合に、どのようにしてその判断に至ったのかを行政は説明する責任があります。「AIが判断したことなので理由はわかりません」では困るわけです。行政職員にとっても応募者にとっても、しっかりとシステムの透明性が確保されていなければなりません。 他にも、ChatGPTなどの生成型AIは役所の業務の効率化に期待がかけられていますが、ここで問題になるのが情報との絡みです。生成型AIの精度を上げるためにはデータを学習させる必要があります。しかし、行政としては、その際にどの程度の情報まで与えてよいのかの線引きが難しいと思われます。杓子行儀で大幅な制限をかけてしまうと、せっかくのシステムの利便性が損なわれてしまう結果になりかねません。 ここに現在、デジタル庁が進めている法制事務のデジタル化の議論も加わってきます。そこでは、最終的に法律の運用や執行面でもデジタル技術の利用を視界に入れたロードマップが敷かれています。ですが、そこでもやはり「法律による行政の原理」が問題となるでしょう。先ほどは「強制力を働かせる場合には」という古典的な考え方を紹介しましたが、それに従ってきたがために、薄く広く大きな影響を与えるという側面での法的規律は実はあまり進んでいません。どの程度まで、法律が必要なのか、も改めて問われていると思います。 法の世界において、これまでは有権者の代表である議員が法律を定め、法律で決めきれない細かい部分において、行政がルールに基づく判断・運用を行ってきました。これからは、その行政が判断していた部分をAIが補佐する場面が増えてくることが予想されます。その場合においても、安全と利便性のバランスがとれた法整備ができるよう、法や制度をシフトしていかなければばいけません。 AIの普及がもたらす変化は、分野を問わず、あらゆる場面で法的規律のあり方を変えてしまいかねない影響力を持っています。その点、行政法はどうしても人の権利や組織に関する議論が主流で、なかでも情報公開や個人情報保護、公文書管理といった課題を扱う「行政情報法」がやや軽視されてきた節があります。しかし、AIとの共存が不可欠な時代においては、むしろ情報を扱う法分野こそ重要性が増していくのではないかと私は思います。
横田 明美(明治大学 法学部 教授)