塗り替えられた古代ユダヤ人の暮らし、眠りから覚めたモザイク画は何を語る?
古代ローマ時代のユダヤ教の会堂から、巧妙に作られたモザイク画が発見
イスラエル北東部にはかつて、フコックと呼ばれる古代ユダヤ人の村があった。その地にあるガリラヤ湖を見下ろす丘から、土に埋もれていた石の壁が発見された。2011年のことだ。 ギャラリー:「バベルの塔」など、驚きの古代モザイク画を発掘 それは、正面玄関がエルサレムの方角を向いているなどの特徴から、1600年ほど前に建設されたシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)の周縁部分だと考えられた。当時の同様の建物では、床に板状の石を敷くのが一般的だったが、掘り進めていくと、「テッセラ」と呼ばれるモザイク画に使われる小さな石が次々と出てきた。重要な何かが、地中に眠っているに違いなかった。 発掘が進むと、シナゴーグは奥行きが約20メートル、幅が約15メートルであることが判明した。その床は熟練の職人によるモザイク画で全面が覆われていたが、無傷だったのはおよそ半分だけだった。 「一般的な教会やシナゴーグでは、モザイク画で描かれる場面は、一つか二つ、多くても三つです。でも、ここにはもっとたくさんあります」と、イスラエル考古学庁の主任考古学者ギデオン・アブニは言う。「この国でこれほど素晴らしく多彩なモザイク画が見られるのは、おそらくここだけでしょう」 残っているモザイク画の多くは、ヘブライ語聖書の物語を描いたものだ。ノアの箱舟に向かって歩くラクダやロバ、ゾウ、ライオンといった動物のつがい、エジプト軍をのみ込む紅海、ガザの門を肩に担いで運ぶサムソンといった場面が見られる。特に恐ろしいのは、ヤエルというケニ人の女性がカナン人の将軍の頭に天幕の杭を打ち込んでいる、士師記(ししき)の物語の一場面だろう。 それと対照的なのが、預言者ヨナにまつわる物語にひねりを加えたモザイク画だ。不運なヨナが魚にのみ込まれ、その魚がもっと大きな魚にのみ込まれ、それがさらに大きな魚にのみ込まれていくという場面だ。古典的なモチーフも取り入れられている。キューピッドや演劇用の仮面のほか、戦車に乗っている古代ギリシャの太陽神ヘリオスの周りを、黄道十二宮のシンボルが囲んでいる図柄などがそうだ。 この遺跡の発見によって、外国の支配下でユダヤ人がどのように暮らしていたかといった、歴史認識が塗り替えられようとしている。 ローマ人は紀元前1世紀にガリラヤを含む地中海東岸を征服したが、ユダヤ人は当初、自分たちの律法に従って暮らすことを許され、皇帝崇拝なども免除されていた。「キリスト教がローマ帝国で公認され、国教とされるまで、状況が大きく変わることはありませんでした」と考古学者のジョディ・マグネスは言う。マグネスは米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の初期ユダヤ教の教授で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)だ。「しかし4世紀に国教化されると、ユダヤ教に対する締めつけは厳しくなりました」 シナゴーグの建設が法律で禁じられることもあった。しかし、フコックにモザイク画で飾られた立派なシナゴーグが建てられたということは、緊張はあったにせよ、ガリラヤでの暮らしはそれほどひどいものではなかったのだろう。 ※ナショナルジオグラフィック日本版4月号特集「石で描かれたユダヤ人の遠い記憶」より抜粋。
文=アン・R・ウィリアムズ(ライター)