【MLB】MLBとスポーツ賭博会社の提携で危うい立場に立たされる選手たち
【MLB最新事情】 1992年10月、「プロフェッショナルおよびアマチュアスポーツ保護法/PASPA」に当時のジョージ・ブッシュ大統領が署名した。スポーツ賭博の全国的な禁止を目的とした法律で、ネバダ州を除くほとんどの州で禁止された。賭博がスポーツの競技性や公正性に悪影響を及ぼすことを懸念したプロスポーツ・リーグや政府の要請により成立している。 当時、筆者はアメリカに住んで3年目だったが、特に大きなニュースにはならなかった。89年にピート・ローズが野球賭博で永久追放処分を受けたばかり。当然のことだろうという空気感だったと記憶している。あれから32年、変われば変わるものだ。 もちろんやむをえなかったという背景はある。PASPAの施行後も、違法なスポーツ賭博は拡大し続け、年間数十億ドルが規制外のイリーガルな賭博市場で賭けられる状況が続いた。2009年、ニュージャージー州がスポーツ賭博を合法化する法律を可決し、PASPAの違憲性を訴えた。 18年5月、アメリカ最高裁判所はPASPAは違憲であると判決を下す。以後38の州とワシントンD.C.でスポーツ賭博は合法となった。そして主要プロスポーツリーグも以前は競技の公平性と信頼性を損なうと懸念していたが、一転、スポーツ賭博市場に積極的に参入し、賭博会社と提携するようになった。 リーグは、公式試合のデータを提供し、その見返りとして収益の一部を受け取る仕組みを構築、新たな収益源としている。そんな中、USAトゥディ紙のボブ・ナイチンゲール記者の6月9日のレポートはインパクトがあった。 ギャンブルによって、選手の身が危険にさらされているというのだ。お金を失った人からDM(ダイレクトメッセージ)などで死の脅しを受け、家まで追いかけられることもあると言う。モバイル決済アプリでお金を要求してくることもある。選手は難しい立場に立たされている。 先日、パドレスのトゥクピタ・マルカノ内野手が野球に賭けたことで永久追放処分を受けたが、ギャンブラーは選手の健康状態など、極秘情報を聞き出そうとアクセスしてくる。ゲームの高潔性に対する危機が迫っているにもかかわらず、MLBはドラフトキングス、MGMなど賭けサイトと提携し、宣伝を続けている。 ダイヤモンドバックスのクローザー、ポール・シーウォルドは「イニング間のコマーシャルでギャンブルのCMを見ないことはない。難しいところだ。野球に賭ける人が多いほど、多くの人が試合を見てくれる。野球界が潤う……。しかしながらギャンブルは中毒になり、人々を攻撃的にするから非常に危険。そして、ギャンブルがこれほど簡単になったことも以前はなかった。誰でも携帯電話で簡単に、好きなだけ賭けられる」と嘆く。 今のままなら、お金を失ったファンの嫌がらせ、脅迫、威嚇はエスカレートする一方だろう。加えて水原一平容疑者や、マルカノのような関係者のスキャンダルが野球界でたびたび起こっていくのかもしれない。とても危うい状態。しかしながら92年10月のころに戻ることはもはやできないのである。 文=奥田秀樹 写真=Getty Images
週刊ベースボール