既存の常識を破壊する「変革プレーヤー」になれ
■対抗手段(1):強制的圧力への対抗→政府部門へのアプローチ まず、政府部門に働きかけることで、既存の強制的圧力を変化させ、自身が目指す新しい常識を促すことだ。まさに先の非市場戦略のことといえる。実際、近年は政府部門にアプローチして、既存のパラダイムを変化させることを目指すスタートアップ企業や起業家が少なくない。 その筆頭は、ウーバーやエアビーアンドビーなどのシェアリングエコノミー企業だ。例えば、配車アプリのサービスを提供し、我々の移動における「常識」を覆そうとしているウーバーだが、これは、別角度から見れば「白タク」行為とも取られかねない。 結果、同社は配車アプリサービスを制度的にグレーでなくすために、世界中の政府部門に様々な働きかけを行っている。実際、2015年の情報では、同社は世界中で250人のロビイストと契約している。当時の同社の社員数が約3000人であったことを考えれば、いかに同社が非市場戦略に力を割いているかがわかるだろう。エアビーアンドビーも、同社を阻害する可能性のある法案に対して反対するために、800万ドルの予算を投じて、ロビイストと契約している※9。 日本でも「常識を変える」ことに挑戦する起業家の中に、政府部門でのアクションを行う人がいる。社会起業家として支持を集めるフローレンスの駒崎弘樹氏は、その筆頭だろう。2010年よりフローレンスが都心の空き物件を活用して開設している「おうち保育園」は、駒崎氏が内閣府子ども子育て会議へ委員として出席するなどの政策提言活動を行ったこともあり、2015年小規模認可保育所が国の認可事業となるきっかけになった。起業家が政府部門に働きかけることで、効率的でなかった従来の常識を転換させているのだ。 ■対抗手段(2):規範的圧力への対抗→様々な啓蒙活動 「このビジネスはこのようにやるのだ」「この職種はこういうものだ」という伝統的な通念・常識を壊すには、「その常識はそもそもおかしい」という啓蒙が必要になる。結果、インスティテューショナル・アントレプレナーはメディア・講演活動を通じて自身の考えを広く訴える。先の駒崎氏が様々なメディアに登場するのも、そういった背景があるはずだ。 他には、大企業とスタートアップ企業をつなぐトーマツ・ベンチャー・サポート(TVS)の斎藤祐馬氏がいる。TVSが毎週スタートアップ企業と大企業のマッチングのために開催する「モーニングピッチ」に加え、いまや年に1度開催される「Morning Pitch Special Edition」は600人もの観覧者が集まる大規模なイベントだが、始まった2013年当初は運営メンバー10人と登壇者2人ぐらいの規模にすぎなかったという。 そもそも日本では、大企業とスタートアップ企業が協業するなど、常識ではありえなかったのだ。ご本人から伺ったことだが、この活動を啓蒙するため、斎藤氏はみずからが積極的にメディアに露出することも意識されている。斎藤氏とTVSの様々な活動の結果、近年では日本でも大企業とスタートアップ企業の連携が、もはや当たり前になってきている。 ■対抗手段(3):模倣的圧力への対抗→仲間・支援者の巻き込みと、成功の積み重ね 「他者がやっているから」という圧力に対抗するには、周囲を啓蒙し、様々な手段で多くの人とつながって情報を発信し、彼らを巻き込むことが重要になる。前章で紹介したソーシャルキャピタルや、第23章で紹介したセンスメイキング理論の世界だ。 加えて重要なのは、少しずつ成功事例を積み重ねた結果として、それが啓蒙につながることだろう。経営学でも、「インスティテューショナル・チェンジに必要なのはスーパーヒーローではなく、日々の地道な行動の積み重ね(repeated micro-processes)である」という結果が出てきている。2015年にIESEのアントニーノ・バカーロらがAMJに発表した研究がその一つだ※10。 同論文は、イタリア・シチリア島を統治・支配するマフィアが150年にわたって常識化させてきたpizzoという制度(日本で言う、やくざのショバ代のような仕組み)の事例を取り上げている。以前のシチリアでpizzoは空気のような常識であり、この仕組みは未来永劫続き、現地の企業はマフィアにショバ代を奪われ続けると誰もが考えていた。しかし2004年から始まったaddiopizzoというキャンペーンによる日々の小さな活動の積み重ねが、その常識を徐々に覆していったのだ。先のモーニングピッチが大きな流れになっているのも、斎藤氏を中心としたTVSメンバーが毎週木曜に必ず、地道にモーニングピッチを開催してきたからにほかならない。 我々のビジネスを取り巻く社会的な常識は、けっして普遍的ではない。特定の場所、業界、国などのフィールド内でしか通用しない常識なのだ。「アイソモーフィズムが生み出した幻想」と言っていいかもしれない。 その常識・幻想は空気のようであるがゆえに、フィールド内の我々はその事実になかなか気づかない。しかし時にこの幻想に気づき、それを変革する行動を地道に起こした人が、世界を変えるインスティテューショナル・アントレプレナーとなる。 制度理論から見れば、ビジネスの本質は、大手企業のダイバーシティ施策のように「常識に従う」か、非市場戦略のように「常識をうまく活用する」か、それともインスティテューショナル・アントレプレナーのように「常識を破壊し、塗り変える」かの3つしかない。どれが正解、不正解というわけでもない。そのどれを目指すかは、我々次第である。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 社会学ベースの制度理論 女性の登用で結果を出す会社と、失敗する会社は何が違うのか 情報の経済学 ※6 Iriyama, A. et al., 2016. "Playing Dirty or Building Capability? Corruption and HR Training as Competitive Actions to Threats from Informal and Foreign Firm Rivals," Strategic Management Journal, Vol.37, pp.2152-2173. ※7 DiMaggio,P. J. 1988. "Interest and Agency in Institutional Theory," In L. G. Zucker (Ed.), Institutional Patterns and Organizations: Culture and Environment: 3-21. Ballmger Pub.Co. ※8 Battilana, J.et al., 2009. "How Actors Change Institutions: Towards a Theory of Institutional Entrepreneurship," Academy of Management Annals, Vol.3, pp.65-107. ※9 「Airbnb、Uberと新興国の意外な共通点」日経ビジネスオンライン、2015年12月9日。 ※10 Vaccaro, A. & Palazzo, G. 2015. "Values Against Violence: Institutional Change in Societies Dominated by Organized Crime," Academy of Management Journal, Vol.58, pp.1075-1101.
入山 章栄