『ブギウギ』趣里を見つめていた中越典子の表情が頭から離れない キヌ役の難しさを考察
放送中の朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)では、ヒロイン・スズ子(趣里)が自身のルーツである香川を訪れ滞在。重い病に伏す父・梅吉(柳葉敏郎)との別れの時間を過ごした。 【写真】梅吉(柳葉敏郎)の最後に立ち会うスズ子(趣里) ここではじめて父親の口から、ふたりの間に血縁関係がないことが明かされた。もちろん、スズ子にとっては梅吉とツヤ(水川あさみ)こそが本当の父と母だ。しかしこの流れからすると、“生みの親”との再会の機会が訪れることになりそうだ。実母の名は西野キヌ。演じるのは中越典子である。 スズ子の出自はかなり複雑だ。ツヤの母である大西トシ(三林京子)の幼なじみの大地主・治郎丸和一(石倉三郎)の息子と、この治郎丸家で女中をしていたキヌとの間にできた子どもがスズ子。これが原因となりキヌは治郎丸家からも実家からも追い出され、肩身の狭い思いをしながら生きてきた。自身の生活状況ではスズ子を育てられないため、苦しみを堪えてツヤに愛娘を託した次第だ。 改めて情報を整理してみても、やはりかなり複雑である。かつてスズ子が弟の六郎(黒崎煌代)と香川を訪れた際、何とも言えない表情でスズ子のことを見つめていたキヌの姿が強く印象に残っている。演じる中越のあの表情と眼差しには、じつに多くの情報が含まれていた。そこから私たち視聴者は彼女の胸中を想像し、誰もが胸を痛めたことだろう。その後にキヌとスズ子が対面して言葉を交わすシーンが用意されていたとはいえ、あの一連の“見つめるシーン”がすべてを物語っていた。出番は少なかったものの、キヌは『ブギウギ』における超重要人物だといっても過言ではない。 そんな中越が朝ドラに登場するのはこれが2作目。はじめての朝ドラの現場は2003年放送の『こころ』で、彼女こそがヒロイン・こころを演じた。キャリア初期の代表作である。『ブギウギ』が放送されるちょうど20年前のことであり、『こころ』でヒロインの母を演じたのが、趣里の実の母である伊藤蘭だった。この趣里と中越の関係には、何か運命的なものを感じずにはいられない。 『こころ』で主演を務めて以降は、ドラマをはじめ、映画に舞台にと数々の作品に出演し、中越は俳優としてのキャリアを築き上げてきた。現在のエンターテインメント界における彼女の立ち位置は、バイプレイヤーと呼べるものだろう。『警視庁捜査一課9係』(テレビ朝日系)や『必殺仕事人』(テレビ朝日系)、『特捜9』(テレビ朝日系)などのシリーズものを長きにわたって支えてきた。映画では、魚喃キリコによるマンガ作品を矢崎仁司監督が実写化した『ストロベリーショートケイクス』(2006年)などの出演で知られ、映画ファンからの支持も厚いというのが私の認識だ。 現在は『ブギウギ』とは毛色の異なるドラマ『婚活1000本ノック』(フジテレビ系)にも出演しており、対照的なパフォーマンスを展開中だ。しかし、エンターテイナーとして第一線に立ち続けているとはいえ、ここ数年は映画への出演が少ない。どのような事情があるのか分からないが、彼女を主演に据えた映画作品をどんどん制作すべきである。 つい勢いづいてそんな大きなことを言ってしまうのは、やはり『ブギウギ』での中越が素晴らしいからだ。すでに記しているように、彼女の出番はとても限られたものだった。中越のポジションの取り方が異なれば、それは作品そのものの印象にまで大きく影響したことだろう。物語の序盤から登場しているツヤ役の水川や、スズ子を演じる趣里たちのつくった世界観に、彼女はアジャストしていかなければならない。結果として、すでに完成していた世界観(=母娘の関係性)に関与しながら、じつは自身が何者であるかを真っ直ぐに示した。それはキヌという人物の“これまで”が感じられる悲壮感あふれるものだったが、決してスズ子の後ろ髪を引っ張るようなものではなかった。 その後スズ子がどうなったかを私たちは知っているが、国民的スターとしてあれほど人気なのだから、キヌだって知っているのだろう。再会の機会があるならば、そこでキヌはどんな言葉を発するのか。演じる中越典子は現在のキヌをどう体現するのだろうか。
リアルサウンド編集部