お金はモノではなく“人”…「あなたからは起業資金を受けたくない」と言われた学長が嬉しくて笑ったワケ
■起業はキャリアの新しい選択肢 さて、起業資金。私自身が学生に対して出資を申し出た際、断られたことがあります。 「誰よりも学長からは資金を受けたくない」。自由に行動できなくなりますから――。 思わず笑ってしまいましたが、iUの教えがきちんと行き届いたな、と。学長としての自分が、中村個人の肩をトントンと叩いてなぐさめてくれました。このように、学生たちは自分のビジネスを自分でコントロールする重要性をよく理解しており、むやみに外部からの出資を受け入れることはありません。 同時に、学生たちは、日本国内に多くの出資者がいることに気づき始めています。 起業家を支援するためのネットワークは、コロナ禍以降さらに広がりを見せています。出資先を探しているベンチャーキャピタリストや投資家と出会う機会も、確実に増えている。 そのため起業に対するイメージは、過去と比べて大きく変わってきています。かつては「脱サラ」としてリスクと共に捉えられていた起業概念が、今では「キャリアの新しい選択肢」として広く認められるようになってきたということです。 ■起業がもたらす社会の多様性 そこから言えるのは、「起業のハードルは確実に下がっている」ということでしょうか。 こうした変化の背景には、2つの要因があると考えています。 1つは、アメリカのシリコンバレーから生まれた企業が世の中を大きく変革し、その成功事例を若者たちが目の当たりにしていること。特にデジタル分野において、スタートアップが次々と成功を収め、その物語が魅力あるキャリアパスとして認識されていることが要因です。 もう1つは、日本経済の停滞です。かつては、東大を頂点とする学歴ヒエラルキーがあり、大企業への就職が成功の象徴とされていました。しかし、その大企業が次々と変革の波にさらされ、安定したキャリアパスとしての魅力が薄れてしまった。都市銀行が次々と消え、役所への就職もかつてほどの人気がなくなった今、学生たちは新たな道を模索しています。 その選択肢として、自ら会社を立ち上げる起業が挙げられています。この流れは、社会全体に多様性をもたらし、個々の選択を広げることにもつながっています。私たちの大学も、新しい学びの場として偏差値に縛られない価値観を提供できる、日本社会の変化の一部なのです。 (構成=上阪徹) 【著者プロフィール】 中村 伊知哉(なかむら・いちや) iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長 1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。京都大学特任教授、東京大学研究員、デジタル政策財団理事長、CiP協議会理事長、国際公共経済学会会長、日本eスポーツ連合特別顧問、理化学研究所コーディネーターなどを兼務。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。MITメディアラボ客員教授、スタンフォード日本センター研究所長、慶應義塾大学教授を経て、2020年4月より現職。著書に『新版 超ヒマ社会をつくる――アフターコロナはネコの時代』(ヨシモトブックス)、『コンテンツと国家戦略』(角川EPUB選書)など多数。
中村 伊知哉