「交渉の天才」高橋是清が、困難な仕事を引き受ける際に上司に約束させた「四つの条件」
へそを曲げた是清
「高橋さん一人で大丈夫だろうか?」――是清を資金調達の旅に送りこむことを決めた元老や大蔵省だが、阪谷次官はそれでも慎重を期した。阪谷と東大同期で元大蔵次官、ケンブリッジ大学でアルフレッド・マーシャルにも習い、この時は日本興業銀行総裁(頭取ではなく総裁である)でエコノミストとしての名声もある添田壽一(じゅいち)に助けを打診した。 ところがこれがどこからか漏れて、是清の耳に入るや、「私に不満があるならば、添田さんに頼めば良いではないか。私は辞退させてもらう」と、是清はロンドンへの派遣を断固拒否した。 困ったのは阪谷次官である。いろいろと懐柔するが、さっぱり言うことを聞かない。聞きつけた井上馨が、「阪谷君、高橋にはこれしかない」と酒を飲むしぐさをした。「宴席だよ。宴席。宴席で持ち上げるのだ。あいつは存外単純なのだ。偉いのをそろえるから築地辺りで極秘で一席設けろ」
車座になって泣く重鎮たち
ということで桂太郎首相、井上に松方正義も、曾禰蔵相に松尾総裁などもスケジュールを調整して築地の料亭に集まって、皆で是清をなだめた。 「お前が行かなくて誰が行くのだ!」 しかし、兜町の株は開戦が決まって切り返したが、ロンドン市場の日本公債は下げ止まらない。 「日本の公債は本当に欧米で売れるのか?」 是清をなだめているうちに、この任務の困難さ、責任の重大さ、あるいはロシアと戦争するということの怖さ危うさが皆に再確認されることになり、 「高橋が公債発行に失敗すれば、国が滅びる」 とその是清を待ち構える業務の悲壮さに一同額を合わせて泣くことになってしまったのだ。 「私、命を賭して行って参ります」 国の重鎮が車座になって座敷で泣いている。お銚子を持ってきた若い女中は怖くて部屋に入れなかったという。
是清が出した「四つの条件」
是清はこの場で、重鎮たちに四つの条件を出して、これを約束させた。 それは、一つ、是清に任せた以上十分に権限を与えること。一つ、外交官に対して是清に十分な援助を与えるよう指示すること。一つ、他の者に重複して同じ業務を委任せぬこと。一つ、内地において外国業者より勧誘あるも決して相手にせぬこと。 「わかった。政府としては固く約束するから、君は安心して行ってこい」 井上は答えた。 2月18日、首相官邸で桂太郎首相主催高橋是清君壮行会を挙行。これでもう是清は断れない。こうして、是清は日露戦争の資金調達という困難な仕事を果たすため欧米へと旅立ったのだった。 ※本記事は、板谷敏彦『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯(上)』(新潮社)の一部を再編集して作成したものです。
デイリー新潮編集部
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