【アイスホッケー】「いつも、自分を信じること」。伊藤崇之(東北フリーブレイズ)と古川駿(横浜グリッツ)の才能。(中編)
一番若く、動けるGKが、防具を着られない。
2022-2023シーズン。古川が東北フリーブレイズで3年プレーしたのちに(選手登録してからは4年後に)、晴れて伊藤がフリーブレイズに入団してくることになった。 「同期で同じチームというのは複雑でしたが(笑)、アジアリーグにいったんは入れなかったタカが、海外のマイナーリーグでもまれて一緒にやることになった。本当にうれしかったですし、タカ自身が努力して勝ち取ったものなので、尊敬に値すると思いました」 このシーズン、フリーブレイズは「GK4人制」の中で迎えていた。その4人のゴーリーで最初にスタメンを勝ち取ったのは、26歳の古川だった。 ところが古川は、開幕カードの栃木日光アイスバックス戦で2連敗。翌週の横浜グリッツの初戦では開始5分で3点を失い、サブGKの伊藤と交代する。結局、この日は2-4でグリッツに敗れ、2戦目は伊藤を起用するも、3-6で連敗を喫している。 3週目からは、畑と古川の併用制に。その後は、実績のある畑がメインゴーリーを務めるようになった。チームは開幕から9連敗し、10試合目でやっと初勝利。しかし、その後も連敗が続き、最下位(6位)でアジアリーグを終えている。 昨季のことを、古川が振り返った。 「開幕当初は、同い年コンビのタカと試合に出ていましたが、ベテランの体調が戻ってくると、畑さんがメインになりました。12月の全日本選手権では、今度は橋本さんがMVPを取る活躍で…。僕とタカはフリーブレイズでは一番若いゴーリーなのに、シーズンが進むうちに出番をなくしていきました。試合で防具も着られないことが続いたんです」
「フリブレ、やめることになった」「えっ、マジで?」
古川は東洋大学を出て「実質1年目」の2019-2020シーズン、20試合に出場したことは前にも触れた。しかしそれ以降、出場機会が減少してしまう。 「プロに入って最初のうちは、アイスホッケーでお金を稼ぐことに喜びがありました。まして地元のチームですからね。それは今でも誇りに思っているんです。ただ、プロ野球やJリーグ、Bリーグがある中で、アイスホッケー選手はどうしても将来に不安があった。これからの生活がある中で、選手を上がった後はどうすればいいんだろう。そういう気持ちが常にあったんです」。古川は20代前半で結婚して、子供も生まれている。「もう1人じゃないんだ」という思いも、きっとあったのだろう。 そんな折、2020年にアジアリーグに新しいチームが参入する。横浜グリッツだ。平日に仕事をして、ホッケーの練習もする。そして週末は、アジアリーグの公式戦。チームの掲げる「デュアルキャリア」というスタイルは、古川には新鮮に映った。 「仕事をして、ホッケーもするっていうのはどうなの? フリーブレイズにいた最初のうちは、そう思って見ていました。実際、1年目は負けがほとんどでしたからね。でも、2年目、3年目とグリッツは力を伸ばしてきた。僕の中で、グリッツは仕事をやって、でもホッケーだってできるじゃんと思ったんです。これからの人生の選択肢として、興味が沸いてきたんですよ」 横浜グリッツが古川を戦力として欲しがるかどうかは、この時点ではわからない。ただ古川が「オレ、本当は働きながらホッケーがしたいんだよね」という考えを持っていることは、伊藤もなんとなくわかっていた。古川とフリーブレイズとの話し合いが終わるまで、伊藤もそのことは意識的に話さなかったという。 2023年の春、古川のフリーブレイズ退団が正式に決まった。古川が伊藤に打ち明けたのは、4月の初め。クラブがリリースを流す直前のことだった。 「オレさ、今シーズンでフリブレ、やめることになったわ」 「えっ……。マジなの?」 伊藤は一瞬、驚いた様子だった。が、さして慌てている感じでもなかった。少なくとも古川はそう思っている。 一方で伊藤は、その時の様子を「これから2人で、同じチームで頑張ろうという感じだったので、ええっ、出ていっちゃうんだと思いました」と言った。 結局、2人の邂逅は1年で終わりを告げた。新しい仕事、新しいホッケー人生を始めようとしている古川駿。古川の故郷・八戸で、東北フリーブレイズ2年目を迎える伊藤崇之。それぞれに2023-2024のシーズンがやって来ようとしていた。 (中編、終わり) ふるかわ・しゅん GK。1996年8月29日生まれ。183センチ、80キロ。青森県八戸市出身。八戸ジュニア、八戸東ジュニアを経て八戸二中、八戸工大一高、東洋大学へ進学。大学4年のインカレ終了後、2018-2019シーズンに東北フリーブレイズに入団する。大学在学中から日本代表の合宿に呼ばれるなど資質を高く評価されていたが、2022-2023シーズンで退団。今季から横浜グリッツへ移籍する。当初は3番手スタートだったが、シーズンが深まるにつれて主戦GKへ立場を変えた。背番号は「34」。 いとう・たかゆき GK。1996年4月14日生まれ。183センチ、77キロ。長野県長野市出身。軽井沢グリフィンズ、長野イーグルスを経て、高校は茨城・水戸啓明へ。法政大学を卒業後、フィンランド3部の「レーザーHT」で2年、フランス4部の「シャンピニー・ホッケークラブ」に1年在籍し、2022-2023シーズンより東北フリーブレイズに入団。2年目の今季は、全日本選手権で決勝のマスクをかぶるなど、力をつけている。背番号は「33」。弟は、栃木日光アイスバックスのFW・俊之。
山口真一