東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.6

辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書（「広辞苑」より）。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ・金山寿甲が新たな角度で解釈。今回はチケット割引制度、小劇場演劇界におけるマナーなどについて言及した比較的長めの語句3つを解説する。 【ポスト】来場者にはしっかりと謝意を伝える東葛スポーツ (@tokatsusports) | Xのポスト。（他3件） ■ まえがき “演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。” ……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。 ■ 索引「高校生割引 / ご鑑賞中は帽子をお脱ぎ下さい / 気にかけて下さった方、ありがとうございました」 □ ・高校生割引 僕が主宰している東葛スポーツの公演では、高校生への割引は行っておりません。スタバで600円もするフラペチーノを慣れた口調でカスタムオーダーする女子高生たちを見ると、最近の高校生はお金を持ってるんだなあと思うのがひとつと、親にチケット代を払ってもらえばいいと思うからです（東葛スポーツを観るのも、社会勉強のひとつになると思いますし）。もし、フラペチーノを飲むお金も無く、親御さんにも東葛スポーツなどという演劇のチケット代など払わないと言われた高校生がいたら、その旨をご記入の上ご連絡下さい。無料でお見せします。終演後に皿洗いはしなくていいです（皿洗いをすれば苦学生に無料で食べさせていた京都の王将のように）。場合によっては、北千住のマルイ5階にあるスタバでフラペチーノをご馳走します。 □ ・ご鑑賞中は帽子をお脱ぎ下さい 上演中に帽子を脱ぐのは鑑賞マナーとされていますが、その理由は必ずしも後ろのお客さまへの配慮というだけではありません。最近のベースボールキャップの主流は頭にフィットするタイプのものだったりして、そんなに視界を妨げるものでなかったりします。それでも上演中には帽子はお脱ぎ頂きたいのです。たとえ最後方にお座りだとしても帽子はお脱ぎ頂きたいのです。なぜなら、照明演出の効果がまるで違ってしまうからです。ということに最近気がつきました。僕は常にスワローズの帽子をかぶっていて、その状態で照明演出について舞台監督さんと綿密な調整を行います（東葛スポーツでは舞台監督の湯山千景さんが照明も担当して下さっています）。前回の公演のときに、上演中に僕がネックレスを外さなければいけない演出上の事情があり、引っかからないように帽子を脱いだときでした。帽子のつばによる影の有る無しで、舞台の見え方がまるで違ったのです。野球選手が帽子をかぶる理由がわかりました。もしかしたら、野球選手が目の下に塗る黒いアレだけでも舞台が違って見えるのかも知れません。照明演出とはそれだけ繊細な領域なのです。ですので、上演中は帽子をお脱ぎになってご鑑賞下さい（DU-RAGは可）。 □ ・気にかけて下さった方、ありがとうございました 「お越し下さったお客さま、気にかけて下さった方、ありがとうございました」と、公演日程が終了したときにＸ（旧Twitter）で出演者や関係者が呟いているのをちらほら見かけます。ご来場下さったお客さまに感謝の気持ちを伝えるのはわかりますが、気にかけた人にまで謝意を表す必要はあるでしょうか。僕は、「いま東葛スポーツの公演やってるんだあ、へえー」とチラッとでも考えた人にまで感謝する必要はないと思っています。僕がやっているのは小劇場演劇です。北千住で1ステージ100人弱のお客さまを相手に演劇をやっています。そんな身が、気にかけてくれた人までをも気にかけるような射程を広げた発想で演劇に取り組むべきではないと思っています（あくまで個人の感想です）。そして、商業演劇でこの手の（気にかけて下さった～）呟きをする関係者は見かけません。小劇場になればなるほど、これ（気にかけて下さった～）が現れます。「ホームページをふらりと覗きにきた人まで気にかけて作品を作っています」という姿勢が是とされる小劇場演劇界に居心地の悪さを感じます。だから東葛スポーツはホームページを更新しないんです。という理由ではないです。その話はまた別の機会に。 ■ 金山寿甲 プロフィール 脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ（上）」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。