優れた起業家が実践する「エフェクチュエーション」とは
これまでビジネスの現場では、目標を設定し、その目標から逆算して必要な手段を取るやり方が一般的でした。しかしビジネス環境の変化の激しさが増していく中で、なかなか目標が定まらなかったり、市場にどの程度ニーズがあるのかを正確に把握することが難しかったりするケースもあります。 そこでいま、不確実性の高い場面でも活用できる考え方として注目を集めているのが、優れた起業家に共通する思考プロセスや行動様式である「エフェクチュエーション」です。 エフェクチュエーションとはどのような考え方で、ビジネスの中でいかに活用されているのか。日本でエフェクチュエーションの概念を広めた、神戸大学大学院 経営研究科 准教授の吉田満梨さんにうかがいました。
予測困難な場面で活用できる「エフェクチュエーション」5つの原則
――「エフェクチュエーション」とは、どのような考え方なのでしょうか。 エフェクチュエーションを一言で説明すると、「熟達した起業家に対する意思決定実験から発見された、高い不確実性に対して、予測ではなくコントロールによって対処する思考様式」です。 ビジネスの現場で不確実性の高い取り組みを進めるときは、まず目標を設定してから、それを達成していくために最適な計画を立て、その計画通りに実行していく「コーゼーション(因果論)」の方法を取ることが一般的です。しかし、これまで存在しなかった事業や市場を新たに創造する場合、最初から正確な目標や計画を立てることは容易ではありません。そのような不確実性の高い状況において効果を発揮するのが、エフェクチュエーションです。 重要なのは、コーゼーションとエフェクチュエーションのどちらも「合理的な考え方」であること。コーゼーションは「目的に対する最適な手段の合理性」であるのに対して、エフェクチュエーションは「目的がない、あるいは目的に対する最適な手段がまったく予測できない状態でのプロセスの合理性」といえます。どちらに優劣があるわけではなく、この二つは補完関係にあります。 エフェクチュエーションには、「手中の鳥の原則」「許容可能な損失の原則」「クレイジーキルトの原則」「レモネードの原則」「飛行中のパイロットの原則」という、5つの特徴的なヒューリスティクス(経験則)が存在します。 まず「手中の鳥の原則」。これは、「私は誰で、何を知っていて、誰とつながっていて、どんな余剰資源があるのか」といった、自分が既に保有している手段を用いて「何ができるか」を考える意思決定のことです。目標から逆算するのとは、まったく逆のアプローチです。 「許容可能な損失の原則」とは、うまくいった場合のリターンではなく、うまくいかなかった場合にどの程度までの損失を許容できるかを把握することを指します。 「クレイジーキルトの原則」は、形も柄も違う布を縫い合わせて1枚の布をつくるクレイジーキルトに例えたもので、これまで出会ったあらゆるステークホルダーをパートナーと捉え、共に「何ができるか」を模索していくことを意味します。パートナーのコミットメントを獲得することは、手段の拡大につながり、「何ができるか」も広がっていくことが期待できます。 活動が広がると、予測していなかった事柄が発生することもあるでしょう。しかし熟達した起業家は、それさえも手持ちの手段の拡張機会として活用します。それが「レモネードの原則」です。酸っぱいレモンに工夫を凝らして甘いレモネードを作る、つまり、価値を持つものへと生まれ変わらせることを表しています。 そして最後が「飛行中のパイロットの原則」。操縦桿を握るパイロットのように「いま自分自身がコントロール可能な要素」に集中し、予測ではなく状況に応じて臨機応変な行動をすることで、望ましい結果を生み出そうとすることです。 これらの考え方の組み合わせが「エフェクチュエーション」と呼ばれるものです。目的が思いつかない、あるいは自分が何を持っているのかわからない場合は「手中の鳥の原則」から始めることが有効ですが、決してすべての原則を順番通りに実施しなければならないわけではありません。自身の置かれた状況に合わせて、柔軟に実践していくことが重要です。 ――近年、エフェクチュエーションへの注目度が高まっている背景には何があるのでしょうか。 エフェクチュエーションの理論は、ヴァージニア大学の教授であるサラス・サラスバシー氏が2001年に発表し、日本では私も関わった翻訳書により2015年に紹介されました。言葉だけだと、わかりづらい理論に思われるかもしれません。しかし実践してみた多くの人が「これは私がこれまでにやってきたことだ」と述べています。そういった方が中心となって、広がっていきました。 この流れは、新型コロナウイルスの感染拡大によって加速しました。「VUCA」と言われて久しいですが、明確な目標を立てることが難しい中で問題に取り組んでいかなければならない状況が、コロナ禍で深刻化しました。そのため、エフェクチュエーションに関心を持つ方が増えたのだと思います。