『フェルマーの料理』全ての謎が繋がる海の秘密の正体 切なさを滲ませる岳と魚見の関係性
今夜、全ての謎が繋がった。物語の始まりとは概してワクワクするものだが、こんなに悲しい「始まり」があるだろうか。そしていよいよ、視聴者が待ち望んでいた海の秘密の正体も明らかに。全ての点をつなぐ役割を果たしたのは『フェルマーの料理』(TBS系)第8話で描かれた、レストラン「K」誕生の物語だ。 【写真】渋谷(仲村トオル)と話す海(志尊淳) パリでの出店準備を理由に、海(志尊淳)はレストラン「K」の料理長をしばらく岳(高橋文哉)に託し、姿を消してしまう。さらには海だけでなく、給仕長の寧々(宮澤エマ)もなぜか出勤してこない。今までも海に尽くしてきた寧々だが、彼女は“何をどこまで”知っている人物なのかというのも気になるところ。さらに、蘭菜(小芝風花)も2週間ほど休みを取りたいと言い出す。残ったスタッフたちは海、蘭菜、寧々の3人が不在の状態で店を回すことになる。前回海の“秘密”の片鱗が見えた後の不在ということもあって、何やら不穏な雰囲気を感じ取ってしまう。 海の書き置きには、「現場の指揮は岳に任せる」と「孤高」のメッセージが残されていた。さらに「K」スタッフの総意により、料理長(シェフ・ド・キュイジーヌ)を岳が務めることに。これまでの話から岳の実力は認識されていたことから、納得の結果ではあったものの、この展開に岳自身が驚いていたように見える。海から引き継いだ「K」を守るため、一致団結して立ち上がるスタッフたち。周囲からの信頼の眼差しを受け、「やれます!」と力強く言った岳には、これまでにない頼もしさがあった。しかし、そんなシェフたちの様子に重なるのは、「僕たちは、自信を深めた。でも、2週間が経っても……海さんは帰ってこなかった」という悲しい事実を告げる岳のモノローグだった。 時は戻り、2005年へ。語られたのは、10歳の海と渋谷(仲村トオル)の出会いだった。軽快なピアノが鳴り響く店内で、1人食事をする海の“料理の才能”に目をつけた渋谷は、彼を弟子にする。「海、この世界を極めたいなら孤高を突き詰めろ。俺すら信じなくていい」と子ども時代の海に伝える渋谷。海自身の言葉を借りれば、渋谷は「料理の怪物」を生み出そうとしていたのかもしれない。 一方で、岳は海の足取りを辿るために淡島を訪ねる。蘭菜はパリに足を運び、海の言葉の真偽を確かめていた。予約が半年先まで埋まっているレストランKで、岳は新しい料理に挑戦したいと語る。このピンチを前にして好奇心を失わない岳の表情には、第1話で見せた素朴な青年としての面影はない。そこにあるのは、料理人としての確かな自信だ。しかし、現実は甘くなく、海から引き継いだ「K」を守る道のりは様々な困難に満ちていた。それでも岳の新感覚の料理はスポンサーの注目を集め、海が残した空白を埋めるかのように成功への道を築いていく。 海が抱えていた秘密とは、聴神経腫瘍とその進行に伴う味覚障害だった。「だから味覚だけは、味覚を失うことだけは」と切実に担当医である淡島(高橋光臣)に語りかける海。過去に余命宣告のシーンがあったことで、SNSでは海の味覚障害説は前々から推測されていたが、やはりいざこの場面を前にすると辛いものがある。今までは自信たっぷりな俺様な一面を見せてきた海から「怖いですよ、まさか味覚がなくなるかもしれないなんて」という言葉が出る日がくるとは。プロフェッショナルとしての芯の強さ、そしてそのプロ意識の隙間から垣間見える繊細な一面に、志尊の演技の幅を感じさせられる。渋谷に居場所を与えられた海が、無意識ながらにレストランKのメンバーに居場所を与えていたという構成も素晴らしい。西門(及川光博)が手にしていた書類に関しても、診断書という形で伏線回収を果たした。 「料理人として死を迎えても、店やレシピは死なない」「どんな手を使ってでも、神を超えてやる」 こうして「“料理の歴史”を朝倉海以前と以後で分ける」という海の野望のために、レストランKは生まれたのだった。このあまりにも辛すぎる事実に、前回の「最初で最後」という海の発言の重みが増す。海の病状を見据えた西門が、豊富な資金を出し、岳を料理長に任命する条件で経営に名乗り出るも、岳は「僕たちは海さんを待ちます。仲間だから」と言い放つ。因縁の相手である西門の力を借りずに、自分たちだけで「いつもどおり・無駄なく・完璧に」店を回し始めた岳。レストラン「K」の運営は順調なように見えたが、岳の心の中には黒く大きなものが渦巻きはじめていた。 海の独白はもちろんだが、今回の第8話では魚見(白石聖)と岳の関係性も切なさを滲ませた。「やっぱ北田岳は私のヒーローだ」と語る魚見の言葉からは、“海の代わり”にヒーローにならなくても、すでに岳は誰かのヒーローだったという見方もできるだろう。それでも「憧れたあの人たちを、僕は今なら超えられるんだ」という岳の天才ならではの好奇心が、彼を1箇所に立ち止まることを許さない。そしてついに、「どうして見えないんだよ!?」と蘭菜に怒鳴る“あのシーン”に繋がってしまうわけだが……。 岳が海に抱いている感情は、もはや料理人として遠く手を伸ばしたくなるような憧れではない。背中を追う“目標”ではなく、超えるべき“ライバル”に近いように感じる。海が命をかけて大切に育ててきた店を、守りたい想いに嘘はないのだろう。それでも、海が成し遂げられなかった「真理の扉の先を見たい」という、天才ならではの欲求が岳を狂わせる。この地獄の厨房に、救いはあるのだろうか。
すなくじら