劇団力を集結させた、ヒトハダ第2回公演『旅芸人の記録』が開幕
作・演出を鄭義信が担い、座長の大鶴佐助をはじめ、浅野雅博、尾上寛之、櫻井章喜、梅沢昌代と演劇界の巧者たちにより2022年に旗揚げされた劇団「ヒトハダ」。その第2回公演『旅芸人の記録―あるいは、ある家族の物語―』が、9月5日、東京・ザ・スズナリで幕を開ける。それに先駆け行われたゲネプロの模様をレポートする。 【全ての画像】『旅芸人の記録―あるいは、ある家族の物語―』舞台写真 時は1944年。関西にある大衆演劇の劇場で、二見劇団の面々が稽古に励んでいる。主役の藏造を演じるのは、座長の二見蝶子(梅沢)。その子分を、彼女の息子の夏生(尾上)のほか、山本(丸山英彦)、亀蔵(櫻井)が演じている。座付き作家は蝶子の再婚相手・清治(浅野)の連れ子である冬生(大鶴)。また蝶子の娘・秋子(山村涼子)が音響係を務めている。暗い世相を反映してか、劇場には笑いを求める客が多く詰めかけるが、戦争の足音は確実に大きなものになっていた。 近年はエンタメ性の高い大規模な作品を手がけることも多い鄭だが、本作で描くのはどこにでもいる市井の人々。しかも旅芸人一座の物語ということで、劇団公演だからこその肌触りを感じさせる、特別な一本となった。女剣劇を看板にする二見劇団は、小さないざこざはあれど、芝居を作ることによってひとつにまとまっている。だがそこに生じ始めたいくつかのひずみ。その理由を紐解いていくと、行き着く先には戦争があり……。 戦争がもたらす悲劇と同時に、どうしようもなく間抜けで愛おしい人間たちの喜劇が描かれるのも、鄭作品の大きな魅力。特に夏生、冬生、秋子の三兄弟のシーンには、思いっきり泣き、思いっきり笑わされた。そして戦時下の人々に笑顔をもたらしたのと同じように、現代の我々にとっても大衆演劇は心躍るエンタメのひとつ。本作にも剣劇や歌など大衆演劇ならでは見せ場が多く、どれも本格的だが、その監修を務めているのが、今年鄭が初めて演出した一見劇団の総座長・一見好太郎ならば、なるほど納得だ。 副題にもある通り、この作品は旅芸人の話であり、家族の話でもある。中でも清治と夏生の不器用な親子関係は、お互いの愛する気持ちがわかるゆえに、なんとも切ない。浅野、尾上の渾身の演技にも目を奪われた。蝶子役の梅沢は、女剣劇ではきりりと勇ましく、それだけに子の問題に対峙した時に見せる、親としての不安と迷いの表情が印象深い。また一座でも、家族でも、どこか一歩引いた目で周囲を見ているのが、大鶴演じる冬生。今なにが起きているのかを一番理解しており、だからこそ喜びも、悲しみも、実は誰よりも大きい。 一座のムードメーカー的な存在である亀蔵は、まさに櫻井以外には決して演じられないハマり役。ヒトハダという劇団を、より彩り豊かなものにしている逸材でもある。また秋子役と山本役には普段見慣れない役者の名が……。それもそのはず、ふたりの本業は演出助手と舞台監督。鄭によってキャスティングされたが、どちらも役者顔負けの演技力を見せる。丸山の低く通る声は印象的だが、特に驚かされたのが山村。家族の中で一身に“陽”を担ってきた秋子の明るさ、笑顔、さらにそこからの苦悩の芝居に、大きく心揺さぶられた。 劇団としての力を集結させて挑んだ一作。まさに“ヒトハダ”の温かさが感じられる、忘れ得ぬ人間ドラマとなった。 取材・文:野上瑠美子 <公演情報> 『第2回公演「旅芸人の記録」―あるいは、ある家族の物語―』 公演期間:2024年9月5日(木)~9月29日(日) 会場:下北沢 ザ・スズナリ