「村上隆 もののけ 京都」(京都市京セラ美術館)レポート。江戸時代の傑作を現代に受け継ぎ、お金と文化の問題に先駆的な方法で挑んだ展覧会
日本の公立館では最後か? 約170点が集う大規模個展
2月3日、村上隆(1962~)の大規模個展「村上隆 もののけ 京都」が京都市京セラ美術館 新館 東山キューブで開幕する。会期は9月1日まで。企画は高橋信也(同館事業企画推進室)。 「スーパーフラット」を提唱し、世界の現代アート・シーンに巨大なインパクトを与えてきた村上の国内で約8年ぶりとなる大規模個展。日本の文化芸術において特別な地=京都での開催であることに加え、これが国内の美術館で最後の個展になるのではといった声や、ふるさと納税制度を使った制作資金調達、直前でのYouTubeチャンネル開設、村上自身によるSNSでの「準備が間に合っていない」感満載のポストなどなど、いったいどうなるのか……!?と開幕前から緊張と期待に胸を膨らませた人は多いだろう。 最初に書くと、本展は大きくふたつの点で画期的だ。ひとつはその「内容」。大学で日本画を専攻し、日本美術史上の様々な意匠や芸術の在り方を参照してきた村上が「京都」という地で改めて江戸時代の傑作と向き合い現代にアップデートしたということ。 そしてもうひとつは文化と金をめぐる「制度」に対するアクションだ。公立美術館の限りある予算のもとで妥協なき展覧会を開催するために、村上は今回、ふるさと納税について徹底的に調べ、魅力的な返礼品を用意することでこの制度を制作費獲得に利用した。アート業界にいるといつでもどこでも「お金がない」「日本は文化にお金を回さない」という悲鳴が聞こえてくるが、そうした状況を自力で打破する術を獲得し、先陣を切ってオルタナティヴな方法を示してみせた。「第一歩を作れたことを誇らしく思う」と、村上は語る。
400年の時を超えた村上流「洛中洛外図」
会場の様子を順に紹介しよう。 第1章「もののけ洛中洛外図」から始まる本展。冒頭からいきなり今回の肝となる超大作の登場だ。洛中洛外図とは、京都の市街(洛中)と郊外(洛外)の景観や風俗を俯瞰で描き出した屏風絵で、室町時代末期から江戸時代にかけて作られてきた。なかでも国宝に指定されている岩佐又兵衛の「舟木本」と呼ばれる17世紀初頭の作品は傑作と誉高い。今回作家は本作と向き合い、約3~4倍のサイズで全長13mに及ぶ村上テイストの《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023~24)を生み出した。 洛中洛外図は美術館からの依頼を受け、取材と作画を担うプロジェクトチームが立ち上げられた。まだ未完成の部分が残るというが、「かなりの挑戦で、今のBESTの姿はコレだ!くらいまで仕上げました」と、村上は本作についての説明を別の「言い訳」作品に書き込んでいる。 かつての京都の街並みや人々の暮らしぶりが目の前いっぱいに広がり、なかには村上キャラクターたちの姿も。金箔による雲が画面を覆っているが、間近で見ると無数のドクロが凹凸で表されている。メメント・モリとは西洋の警句だが、絢爛豪華で活気に満ちた本作にも、死やあの世の存在が同時にたち込めている。まさに「もののけ」の世界だ。 床一面には尾形光琳風の紋様が広がり、光琳や琳派の意匠を受け継いだ絵画も同室に展示されている。 本展の面白さのひとつは、前述の「言い訳」ペインティングや、作品の説明をオーディオコメンタリーのごとく吹き出しに書き込んだ作品がところどころにあること。展覧会や作品のモチーフ、経緯など、その文脈を鑑賞者にできる限り伝えたいという意志を感じる。本展では未完成の作品もいくつかあるが、そんな普通は「マイナス」にとらえられかねない状況も、ユーモアたっぷりのエンタメにし、さらに作品まで作って「プラス」にしてしまう、作家のサービス精神には驚くばかりだ。