「死ぬ前に、どうしても一度、故郷に帰りたい」 半身マヒの91歳男性、最期の墓参りの”結末”と、そこで見せた“笑顔”
ツアーナース(旅行看護師)と呼ばれる看護師たちの存在をご存じでしょうか? 「最期の旅行を楽しみたい」「病気の母を、近くに呼び寄せたい」など、さまざまな依頼を受け、旅行や移動に付き添うのがその仕事です。 連載第4回は、脳梗塞の後遺症で半身マヒを抱えながら、東京都中野区にある特別養護老人ホームから、妻が眠る岐阜まで墓参りに向かった91歳の男性のエピソードをお送りします(本記事は「日本ツアーナースセンター」の協力を得て制作しています)。 【写真で見る】移動手段の、改造を施した「福祉タクシー」
前の晩から降り始めた雨は、日付がかわるとさらに激しさを増した。91歳の奥田源三さん(仮名)は、車の中から降りしきる大粒の雨を見つめていた。 「ここまで、来ることができたから、良しとします」 脳梗塞の後遺症で、口元にわずかにマヒの残る奥田さんは、途切れがちにそう言った。しかし言葉とは裏腹、表情には無念の影が浮かんでいた。 ■奥田さんのこれまでの人生 東京都中野区にお住まいの奥田源三さんは、10年前に奥さんと死に別れた。子供はいない。
現在91歳の奥田さんは、80代の後半まで自宅で一人暮らしだったが、脳梗塞で倒れてからは、右半身マヒの後遺症が残り、一人暮らしが難しくなった。2年程前から、軽い認知症の症状が出てきたこともあり、同区内の特別養護老人ホーム(特養)に暮らすようになった。 岐阜県出身の奥田さんは、東京に親戚はいない。親交のあった友人たちも皆亡くなったり、病気が悪化したりで会うこともできなくなった。今いる特養を終の住処とし、余生を送ることに不満はなかった。ただ、ひとつだけどうしてもやっておきたいことがあった。
「生きているうちに、妻が眠る岐阜のお墓に参っておきたい……」 納骨から10年が過ぎた。会いに行ってやらなければ、と思いながら、日常の雑事に追われ、先延ばしになっていたのだった。 脳梗塞の後遺症から、半身にマヒが残った奥田さんは、ひとりで遠出することができなくなった。それでも、墓参りのことをいつも考えていた。 家族のいない奥田さんの財産を管理しているのは成年後見人の契約を結んだ司法書士の上山浩司さんだ。定期的な面会のたびに、奥田さんは上山さんに「体がこうなる前に妻の墓参りをしておくべきだった」とこぼした。